第15話 引きこもりと子どもたちの楽しいゴブリン討伐

「おいウィル、約束はちゃんと覚えてるんだろうな?」

「兄ちゃんも心配症だなー! ちゃんと分かってるよ! ①兄ちゃんから離れないこと。②俺がヨナを守ること。③無茶はしないこと。だろ?」

「そうだ」


 ヨナは魔法を使えるということだが、役割上後衛に置くしかない。ウィルも装備や体格から前衛には向かない。消去法で俺が前に出るしかないのだが……正直めちゃくちゃ不安だ……。今から先が思いやられる。


 ガサガサと音を立てながら草を踏み分けながら、3人は森の奥へ進んでいく。


「しっかし全然いないなー! どこに隠れてるんだろうなー?」

「ウィル、声がでかいぞ」

「だーいじょうぶだって! あいつら夜行性だもん。どうせ巣で寝てるんだよきっと!」

「……ウィ、ウィルは声が大きいと……思う」


 弱々しい声ながら、ヨナも賛同してくれたようだ。

 一見大人しく人見知りだが、自分の思ったことはしっかり言うタイプのようだ。これを聞いて安心した。ウィルが暴走しても上手く抑えてくれるだろう。


 まぁ話を聞く限り、これが初クエストということもあってウィルの気合い入るのも無理はないだろう。

 ただ、2人とも綿製の服に皮の靴。ウィルは古びた短剣、ヨナは木製の杖のような棒。俺はジャージに槍。


 こんな装備でそもそもクエストに向かうもんなのだろうか? ゲームでももうちょっとそれなりに装備を整えて出発するもんだと思うが……。

 ウィルも少しは回復薬を持っていたが、金が無いという現実の壁は思ったよりも高かった。


 うだうだ言っても仕方ない。目の前のことに集中するしかない。


「ふたりとも、作戦はちゃんと覚えてるな?」

「大丈夫だって! 兄ちゃんが索敵と牽制、俺がヨナの護衛、ヨナが魔法で仕留める! だろ? 兄ちゃん心配性通り越して怖いだけなんじゃないの?」


 ウィルがニヤニヤとこっちを見ているが無視する。


 俺の強化された五感で群れからはぐれたゴブリンを探し、牽制して弱らせる。その間ヨナが魔法の用意をする。無防備なヨナをウィルが守る。そして魔法で止めを刺す。

 これが俺が考えた作戦だ。というか、作戦は建前で極力2人を前線に出したくないだけの苦肉の策だ。


「そういえば、なぁヨナ。 魔法ってどうやって使うんだ?」

「兄ちゃん知らないのかよ? 魔法ってのはなー!」

「お前も使えないだろ?」

「つ、使えないんじゃないよ! まだ覚えてないだけだよ! ヨナが使えて

 俺が使えないわけないじゃん!」


 なぜここで張り合ってくるのか……。妹に使えて兄が使えないのが余程悔しいのだろうか?


「……ま、魔法っていうのは、魔石の中に魔法が入っていて、それを武器にくっつけて使うの。なんかね、すごい偉い人が魔石に魔法をえいっ!って入れて、それをやぁーってやったら火がゴォーって出るの!」

「すまん、後半何言ってるかさっぱりわからん」

「……ご、ごめんなさい!……」

「兄ちゃん、だから言っただろ?」


 あまりにも個性的な解説で雰囲気しか伝わらなかった。


「武器に魔石を埋め込む穴みたいなところがあるだろ?そこに魔法を封じ込めた魔石を入れて使うんだよ。火の魔石と剣で燃える剣!みたいな感じだよ」

「ウィルの剣にもあるのか?」

「俺のは安物だから無理だよ。 それに魔法はあんまり得意じゃないしね。ヨナは魔法の才能があるからちょっと良いやつにしたんだ! あれ結構高かったんだぜー?」


 なぜかウィルが得意げだ。


「じゃあ俺の槍にもあるのか?」

「そこじゃないの?そう、握り手の下らへん」


 確かに、くぼみがあった。何かがはまりそうな穴が3つ。


「ちょっと兄ちゃん! それめっちゃいいやつじゃん! そんな槍どこで買ったのさ!?」

「え、これ? ……えっと……、そう知り合いからもらったんだよ!」

「ほんとに? めっちゃいいなー!」

「そんなにいいやつなのか?」


 まぁ女神の護衛の槍だからそれなりに高価だろうとは思っていたが。ウィルの興奮度合いからかなりの値が付きそうだ。


「魔石を入れる穴が多ければ多いほど使える魔法も多くなるけど、その武器自体が耐えられなくなっちゃうんだって。だからいい素材を使ったり、良い腕の人じゃないと作れなかったりで値段が高いんだよー。兄ちゃんいいなー……」


 食い入るように槍を見つめるウィル。一方ウィルの武器は刃渡り50センチほどの短剣。手入れもされず刃が所々欠けており、魔石を入れる穴が無いところを見てもかなりの安物だろう。妹のほうにお金をかけたのは戦略上の理由か、妹を思う兄の気持ちからか、兄弟のいない俺にはわかりようもない話だ。


「魔石か……。あれか? そういえばそれっぽいものを持ってたな。スライムみたいなやつを倒したときに。」


 ふと思い出して背中のリュックに手を伸ばし、おもむろに魔石を取り出す。

 鈍く黄色く光る小さな石を見てみるが、どう見ても槍の穴とは形が違い過ぎる。


「あ、兄ちゃん。今のままじゃダメだよ。魔石に魔法が入っていないし、武器屋に頼んで形を整えてもらわないと入らないよ!」

「このままじゃ魔石には魔法は入っていないのか?」

「拾ったやつじゃ入ってないよ。魔法を使いたきゃ、①魔石が込められているものを店で買う。②魔術士に分けてもらう。③魔錬金術士に頼む。とかかなぁ。……兄ちゃん本当に何も知らないんだね」

「だから言っただろ。俺はやめとけって」


 ウィルが若干こっちを哀れみの目で見たような気がしたが無視した。


「じゃあついでに教えてあげるよ。魔石には2種類あって、ワンスとメニ―があるんだぜ。ワンスは一度魔法を入れたら使ったら終わりだけど、メニーは何回も繰り返し使えるんだぜ!」

「一度入れたら終わり……使い捨て電池と充電式電池みたいなもんか?」

「兄ちゃん、ちょっと何言ってるのかわかんない」

「あー……、気にすんな。それから?」

「えっと……、それぞれ魔石にもランクがあって高いやつほど、すごい強力な魔法を何発も使えるんだけど、そのぶん扱いも難しいし、値段もすごく高いんだよ」


 なるほどな……。魔法を魔石に封じ込め、それを武器に嵌めこみ、武器を媒介にして魔法を発動する。って感じか。魔石も魔法も高ランクになればなるほど強力な魔法を使えるが、術者のレベルも相応なものを求められる、と。


「ヨナはどんな魔法が使えるんだ?」

「わ、私は、雷の初級魔法と、回復の初級魔法……、どっちも3回しか使えなくて、その、ご、ごめんなさい!」


 急に話を振られて焦ったのか、なぜかヨナに謝られた。


 3回か……。それに初級魔法なら威力は期待しないほうが良さそうだ。どっちにしろ俺一人で仕留める気だったが。とにかく、ゴブリンを1匹でいいから倒し、2人を無事に連れて帰り、クエストをこなしたっぽく見せてギルドの登録料を借りる! これだ!


 今日の目標は固まった。

 そこへ風に乗って異臭が混じっているのに気付く。


「2人とも止まれ」


 汗のような体臭と獣臭が混じったような酷い臭い。少なくとも自然のものではなさそうだ。恐らくゴブリンだろう。

 腕を伸ばし2人に警戒するよう呼びかける。


「近いぞ。ここからは用心して進むぞ」

「よっしゃあ! ついに俺の出番だぜ!」


 用心しろと言ったそばからこいつは……。


「ウィ……ウィルのバカ……」


 ヨナも呆れているようだ。


 五感の集中を最大にする。まだ視野に入っていないが、臭いに気付く距離ということは風上の方角30メートルくらいだろうか。


「俺が先陣を切るから2人は適度な距離を保ったままついて来い。ヨナはいつでも雷の魔法を打てる準備を」


 ウィルの目に力が入り、ヨナも杖を握る手に力がこもる。


「いくぞ」


 そう言って風上の方へ駆け出した。




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