第12話 その槍はただの飾りだ
ヴーン……ヴーン……
スマホのアラームが作動し耳元で震えていた。
「朝か……」
スマホの時計は7時をさしていた。こんなに健康的な起床をしたのは何年ぶりだろうか。
とても柔らかな、それでいて甘い香りが鼻にすっと入ってくる。そういえば女の子のベッドで寝るのは初めてだ。こんなにもいい匂いがするものなのか。昨日はそれを感じる間もなく死んだように眠りに落ちたが。
ふと気付くと右手に柔らかく、それでいて弾力のある感触があった。
「まさか……」
隣にいつの間にかミリクが寝ており、その乳をガッチリと鷲掴みにしていた。
「うおっ!!! なんでここに!!!?」
慌てて手を離し後ずさりする。
いや、逆だ。ミリクの1つしかない寝床を俺が先に奪ってしまったのだ。まさか同じベッドに入ってくるとは思いもしなかったが。
「しっかりお約束展開ぶち込んでくるんだな……」
頭を抱えながら、単なるラッキースケベなのか、テンプレの神の
ミリクを起こさないよう音を立てないよう注意しながら荷物をまとめる。寝室を出るともう一つのドアがあった。例の病気の弟の部屋だろう。
少し開けて中を覗いてみた。なんてことはない、ただの興味本位だ。
額にはタオルがかけられており顔はハッキリと見えなかったが、苦しそうな荒い息遣いが聞こえる。ただの風邪か、はたまた感染症か、今の俺の知識では知る由もない。
そっとドアを閉め、テーブルの上に書き置きとお土産を残し、静かに家を出た。
「タチバナさんやっぱり連れて行ってください!!」
寝ぼけていたのか、それとも本心か、慌てて飛び起きるが隣には誰もいない。
ミリクが起きたのは立花が出て行って1時間後だった。
「あ、あれ……?」
寝ぼけ
「なんだろ……えっと……“効能・頭痛、発熱時の解熱……? 成人(15才以上)1回2錠、なるべく空腹時を避けて服用する。服用時間は6時間以上あけて服用する……? この薬は成分の3分の1は優しさでできているが、なおエルフに効くかは不明”……??」
ギャグなのか優しさなのか、ミリクには理解できなかったようだ。
――1時間ほど前。
ミリクの家を出てスマホのメモ帳を確認する。昨日ミリクに聞いた内容をびっしりメモに残していた。
歩きながら、昨日の会話とともに内容を思い出してみる。
「えーっと、まずは町や村を移動できるのは商人などの許可証を持つ人か、ギルドに登録している冒険者しか無理なんです。だからタチバナさんは商人になるか、ギルドで登録する必要があるんです。……って聞いてますか?」
「いや……ギルドってあのギルドだよな?」
「ちょっと何言ってるかわからないです。」
俺が思い描いている冒険者が集まったりクエスト受注したり、可愛い受付嬢がいるあのギルドで合っているだろうか。
「ギルドっていうのは冒険者登録をしたり、冒険者が集まったりクエスト受注したりできる国が運営してる組織のことです!」
ほぼ当たっていた。可愛い受付嬢はいないらしいが。
「で、そのギルドはどこにあるんだ?」
「目の前の道をずっと北に真っ直ぐ行けばそれっぽいのがありますよ!」
あのばばぁが言ってたの本当じゃねぇか、こいつ……。
昨日のやり取りを思い出し、道に沿って真っすぐ歩く。日本なら通勤中の人でごった返す時間だが人通りはない。この村の活動時間が遅いのか、そもそも人がいないのか。
こんな過疎った村だから、まともな建物や店があるのか心配したがギルドは国が管理しているらしい。こんな村にまで配備されているということは、管理下におきたいのか、強力な敵がいるのか、まぁその辺りはこの後詳しく聞けばわかることだろう。
それっぽい建物、それっぽい建物……、これか。
しばらく歩くと目に飛び込んできたそれっぽい建物。今までの村人の家とは明らかに造りが違うのが分かる。木をふんだんに使い、2階建ての建物は奥行きもかなり広そうだ。
入り口の前には何やら紋章のようなものが刻まれた金属のプレートが飾られていた。国旗か、国のシンボルかはわからないが、国営の証というところだろうか。
重々しいドアを開くと中はまだ暗かった。中で人影がうろうろしているのが見えた。
「あのー、すみません! ギルドに登録したいんですが」
「あ、ちょっと待ってね! もう少しで営業時間開始だから!」
「あ……なんかすみません」
若い女性の声が返ってきた。来るのが少し早かったようだ。スマホの時計を見ると7時45分。8時から勤務開始とはまるで公務員のようだ。
あの女性が気を利かせてくれたようで、建物内に照明が点く。
あたりを照らされてようやく建物内の全貌が見えてきた。
木製の大きなテーブルと椅子が4つ。これをワンセットとしてギルド内にいくつも並んでいる。ここで作戦会議したり雑談したりするのだろう。
俺は入って右の椅子に腰かけた。
突き当たりに窓口っぽいのが見える。あそこが登録するところか?
その隣には「魔石買取」と書いてある。報酬の受け取りにでも使うのだろうか?
さらにその隣には何か紙に文字と値段が書いてある。どうやら食堂も兼ねているようだ。固有名詞の文字は俺にはただの文字の羅列でどんな料理なのか一切イメージが湧かなかった。
「食堂もあるなら便利だな。ここで朝飯にするか」
ここでまた昨日のミリクとの会話を思い出す。
「この国の物価を知りたい」
「物価……ですか?」
「そうだ。例えば今食べてるこのパン(のようなもの?)はいくらだ?」
「これだと300エイルですね」
「水は?」
「200エイルです。でも水なら川で汲むか、水魔法でも出せるので買う人はあんまりいませんよ?」
「魔法! いや、話がややこしくなるから今は金の話だ。じゃあこの腕輪は5万エリスで(無理やり)買ったが、5万エイルあれば何ができる?」
「そうですね……5万エイルあれば贅沢しなければ1ヶ月分くらいの食料を買えますよ」
暦の概念があったことは一旦スルーしておこう。
「ってことは10万エイルとか、あのばばぁ相当ボッタくるつもりだったんだな、あの野郎……」
「あはは……」
ミリクも愛想笑いするしかなかった。
「すいませーん!お待たせしました、ご用件を伺います!」
どうやら受付の準備ができたようだ。荷物と槍を手に奥のカウンターに向かう。
さっきのスタッフらしき人が着替えて座っていた。顔は……まぁ普通だった。
「ギルド登録ってやつをしたいんですけど」
「はい、ギルド登録ですね! ということはこの村から出るのは初めてですか?」
「え? えぇ……まぁそんなところ……です」
日本から女神に飛ばされてきたなんて、とても言えなかった。
「では説明は必要ですか?」
「ぜひお願いします」
「えーっと、まずはここで冒険者登録をしていただきます。登録が完了したら晴れて冒険者となり、町や村を自由に出入りできる権利とクエストを受ける権利を得ます。クエストとは、住人の依頼や国の依頼を受けて発行されるもので、それは薬草採取から魔物の討伐まで様々です」
「あー、モンスターハンティングみたいな感じね!」
「……ちょっと何言ってるのかわかりませんが……」
「あ、いやなんでもないっす」
思わずゲームのことが頭に浮かんだが、まさに想像していたギルドの通りだった。
「クエストを達成したら再度こちらに報告に来ていただき、確認出来次第報酬をお渡しします。ちなみにここの営業時間は朝の8時から夜の9時までですので気を付けてください」
「なるほどね……」
「次に職業の説明です。職業は自分の好みや得意なものを活かしたり、ここで相性診断を行って選んだりします。あとは魔法適性なんかも考慮しますね。といっても、それだけ立派な槍を持っているということは
「あー、そうだな。でもその魔法適性ってのが気になるし、一度調べてほしいんだけど」
「かしこまりました。ではこちらに手をかざしてください」
そう言って受付嬢は水晶のようなものを取り出した。俺はベタだなぁと思った。
水晶のようなものの中に、何やら文字が浮かび上がる。
「あれ? あなた既に職業登録されてますね。」
「え? してねーよ?」
「いやいや、これ見て下さい。
「え? クソ女神に選ぶ前に飛ばされたから選んでないんだけど?」
「ちょっと何言ってるのかわかりません」
「「今はもう1日中マンガ読んでゴロゴロしたり、モンスターをハンティングしたり、格闘ゲームやってるただのニートなんで戦ったりとかとてもとても」」
「あ!!! あれか?!!!!」
突然大声を出したので受付嬢は驚いて固まってしまった。
「あ、突然大声出して悪い……」
まさか、あの一言で勝手に採用されていたのか……。これって結構重要な選択じゃなかったのか!? 嘘だろ!?
あの女神に関わってからロクなことがねぇ……もう何も信用できねぇ。
クソ女神の顔が頭に浮かび、若干イラっとしたが、頭を切り替えて受付嬢に尋ねる。
「ちなみに魔法適性とやらは?」
「魔法適性は……あまり高くないですね。かろうじて土属性があるくらい。適性が高い人は複数扱えたり上位の魔法を扱えるのですが……」
そういえば、ミリクの話では「火・水・土・風・光・闇」の6属性があるとか言ってたな。
「っとまぁこれらの情報をこの魔石に込めてネックレスにしたものが冒険者の証となります。これは身分証も兼ねていますので、何があっても肌身離さず持っていてください。決して離さないでくださいね?」
急に受付嬢の顔が真剣になる。
なるほどね。何があっても……つまり身元確認の為に死んでも身に付けていろ。ってことね。
「ちなみに国もギルドも何かあった際に一切の保証は致しません。それでも良ければこちらにサインをしてください」
より、受付嬢の言葉に力がこもる。
何かあった際……死んでも……急にリアル感が増してきた。今までどこか現実感がなかったが、ここから先は怪我をすることも最悪死ぬこともあるわけだ。
だが、ここで立ち止まっていては元の世界に帰れない。俺は意を決してサインをした。
「ありがとうございます、リッカさんですね」
立花……音読みしてリッカ。なんて単純な偽名だろうか。
また何か余計なことになって後々に影響したら面倒だ。俺は冒険者リッカと名乗ることにした。
「あれ、リッカさん
「あぁ、この槍に愛着があるんで頑張ってマスターするよ」
これも嘘だ。たまたま拾った槍を極める気はさらさらなかった。
槍を持っているやつが
「では登録料1万エイルお願いします」
「えっ? 有料なの?」
「え? 何当たり前のこと言ってるんですか?」
「えっ?」
慌ててリュックの中身を確認するが、金は全てミリクの家に置いて行ってしまっていた。あいつ……登録料がいるって大事なことなんで言わなかった!?
「えーっと……リッカさん、お金持ってないんですか?」
受付嬢が急に冷めた表情になる。
「え、ちょ、ちょっと待っててください! すぐに取りに帰るんで!」
「はぁ、わかりました。ではこのままで保留にしておきますので、なるべく早く持ってきてくださいね?」
「あ、ありがとうございます。」
早速立ち止まってしまった。
やっとエリクセンに行けると思ったら、まさか金欠で足止めを食らうとは……ミリクに見栄を張るんじゃなかった……。また戻ってやっぱり1万エイル貸して!と言うべきか……。
がっくりして近くの椅子に腰かける。受付嬢と話しているうちに徐々に人が集まってきたようだ。こいつらもみんな冒険者なのだろう。
徐々に賑わいを見せており、どのクエストを受けるかの相談でもしているのだろうか?
その中でもひと際近い距離で、背後から俺に声をかける者がいた。
「おい兄ちゃん! 困ってるんだろ? 金貸してやろうか?」
※※※※※※※※※※※
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