第9話 異世界詐欺には気を付けよう

 初めての村に辿り着いたものはいいものの、早速難関が立ちはだかる。検問だ。村は簡素な木の柵で囲われていて、可動式の木製の扉がある。そこを武装した2人の男が警備していた。

 検問官といっても以前無理やり連れて行かれた女神とやらの隣にいた護衛と比べるとその差は明らかだった。粗末な槍や簡素な鎧……、やる気のなさそうな態度から察するに、検問とは名ばかりのものだろう。

 だが、凶器(槍)を持った明らかに時代錯誤の恰好をした男と、身なりがボロボロの体中が汚れたエルフ(仮)。これははたから見たら即通報案件だ。


 話せばわかるか? いや、そもそも言葉が通じないわけで……。


 いろいろ思考を巡らせなんとか検問を突破できないか考えていたが、エルフ(仮)が先に駆け足で検問官に話しかけた。

 ジロジロ見られながら可動式の扉の先へ進むと、この地へ来てようやく人がいそうな場所に着いた。


 点々と家がまばらにあり、道と呼べるかはわからないが、一応人がそれなりに行き来した形跡はある。だが人通りは少なく、おそらく村の外れだろう。

 横目に見かける家の素材は木と石と土。コンクリートもガラスもない。この村がそうなのか、この時代がそうなのかはわからないが、中世時代と同等の文明レベルだろうか。そら強盗が出るのもうなずける。

 ふと違和感に気付く。この村全体の雰囲気が重いのか、空気が重いのか……。


「あぁ……色が無いのか……」


 ポツリとつぶやいた。この村全体が暗い色で覆われている。最低限生活できれば外見の色味やデザインはどうでもいいという、つまりはこの村の貧困具合を示していた。


「これは……まともな布団があるのか……?」


 固い木の板で寝るのはごめんだと募る不安をよそに、エルフ(仮)は意気揚々と先頭に立ってぐいぐい進んでいく。


「……と、そこの勇者」


「……っと、そこの槍の勇者!」


「おい! そこのジャージの槍の勇者! あんただよ!! あんたしかいないだろうよ!!」

「ん? 俺か?」


 ようやく自分のことを呼ばれていることに気付いた。槍は拾い物だし、自分のことを勇者だという自覚が全くないことに自分も驚いていた。


「ん? 今、日本語……!!!?」


 慌てて声のする方を探す。声の主は家と家の間の細い路地にいた。声のしゃがれ具合からかなりの年配のようだ。

 俺は走って声の主のところへ駆け寄った。


「あんた! 日本語喋れるのか!」


 全身を黒いローブのようなもので覆い、フードを深く被り表情は顔は見えない。いかにもインチキ占い師のような風貌だった。胡散臭さが全身からにじみ出ている。

 これは深く関わらないほうがいいじゃないのか? しかし、日本語を話せることに大きな期待を抱いていた。


「そんなの造作もないことじゃよ。」

ゆっくりと、落ち着いた口調で返す。どうやら女性のようだ。かなり年配のようだが……。


「……そうなのか? で、俺に何の用だ?」

「いやね、あんた魔王を倒すために旅をしてるんだろ?」

「旅っていうほどでもねぇよ」


 本当にスライム倒して1泊野宿しただけだ。


「これをあんたにやるよ。きっと役に立つだろうよ」


 差し出された手に持っていたのは鈍く光る金属の輪っか状のもの。どうやら腕輪のようだ。

 銀製? こんな高価なものがこんな辺鄙へんぴな村にあるとは思えないが……。


「これは?」

「加護の腕輪じゃよ」

「加護の腕輪?」

「そう、加護の腕輪。女神様の祈りと魔力が込められており、旅人の無事と成功を込めて作られたそれはもう神聖な腕輪じゃ」


 あ、これはやべーやつだ。


「つい最近その女神様とやらにヒドい目に遭わされたばっかで全く信用できねぇんだけどな……」

「あ!? あんた、さては女神様のことを信じておらんな?」


 左手をガシッと掴まれ無理矢理にめられた。められた腕輪は俺の手首にフィットするように縮み抜けなくなってしまったのだ。


「あ?! ばばぁてめぇコノヤロー!」


 つい口調が荒くなる。力任せに引っ張るがビクともしない。


「ユウシャさまー? どうしたんですかー?」

「うるせ! 今それどころじゃ……」


 ギョッとして後ろを振り返る。エルフ(仮)が路地から出てこないのを心配して見に来たようだ。

 いや、驚いたのはそこじゃない。このエルフ(仮)今確かに……


「お前も日本語しゃべれたのか?!」

「ん? ニホンゴ? 何のことですか?」


 エルフ(仮)はポカンとしている。


「逆じゃよ。あんたが私たちの言葉を喋ってんじゃよ」

「は? いやいや、俺は別に普通に喋ってるだけだが……」


 まさか、この腕輪か? これが自動で翻訳でもしてるのか? それとも付けたこの一瞬の間にこの国の言語を理解したってのか……?


「早速加護があったようだねぇ。どうだい? 少しは信じてみる気になったかい?」


 困惑している俺をよそに、ばばぁはドヤ顔をした。エルフ(仮)のドヤ顔と比べると、それはもう酷かった。


「……あぁ。まぁ……少しだけな」


 悔しいが確かに便利だ。これで飯と寝床は何とかなりそうだ。


「ばぁさんありがとな!」


 礼を言って立ち去ろうとする。


「ちょいちょい待ちな! まさかそのまま立ち去ろうってかい?」


 ばばぁは右手を出し、ホレ、と無言で代金を要求した。

 タダでくれるんじゃねーのかよ。とツッコみつつ、まぁそら当たり前かと、そんなに美味しい話はないかと自分を納得させた。


「あぁ、悪い。えーっと、いくらだ?」

「10万エイル」


 いくらだよ。高いのか? 安いのか? 相場がわからん。


「ユウシャさま! これってそんなに高いんですか?」


 エルフ(仮)が横から顔を覗かせて腕輪をジッと見つめている。


 こいつ、ボッタクるつもりじゃねーだろうな?


 疑惑の視線を突き付ける。


「ちっ。仕方ないねぇ。それじゃ5万エイル。これ以上はビタ一文まけらんないよ!」


 こいつ舌打ちしやがったな。てか半額ってどんだけボッタクるつもりだったんだよ。


そう思いながらリュックを漁る。あの盗賊から盗ん……、ちょっと拝借した金があるはずだ。


「これで足りるか?」


 適当に掴み、ばばぁの手の上にジャラジャラと渡す。

 一枚ずつ確実に勘定する。


「あと950エイル足りないよ」


 早く寄越せと手をクイクイとしながらせがんでくる。


「悪いな、さっきここに来たばかりでそれだけしか持ってねぇんだよ」

「ちっ。まぁ今回だけだよ」


 こいつまた舌打ちを……。


「あ、そういえば聞きたいことがあるんだけどよ。」

「なんだね? あたしは忙しいんだよ。」

「魔王ってやつはどこにいるか知ってるか?」

「あたしが知るわけないだろがい。エリクセンにでも行けばわかるんじゃないかい?」

「え? えりく?」

「町だよ町。ここから北に向かったところにあるエリクセンって町ならここよりも大きいし、国直営のギルドもあるしそこに聞きな」


 ギルドとはまた、お約束の単語が出てきたな。


「そのエリクセンってのにはどうやって行けばいい?」

「あぁ? そんなの自分で調べな」


 どうやら950エイル足りなかったのが気に食わないらしい。


「ばぁさん、ユニークスキルとかチートスキルって知ってるか?」

「アーデルヴァイト」

「ん?」

「アーデルヴァイト。あたしの名前だよ」

「あぁ。これは失礼したな。アーデルヴァイト……さん。ユニークスキルとか聞いたことないか? なんか選ばれたものだけが使えるすごい技なんだけど……?」

「ちょっと何言ってるかわからないね」

「そうか……。それじゃあ……、」

「あんたもしつこいね! これ以上は金払いな! 情報だってタダじゃないんだよ!」


 ついに業を煮やしたのか、声を荒らげるアーデルヴァイト。情報もタダじゃないか……。この世界もいい人ばかりじゃなさそうだ。


「あー、わかったわかった。これが最後な! ……“どうして俺が勇者だとわかった?”」

「……そこのエルフの娘が勇者様と騒いでおったのが丸聴こえじゃったよ」

「そうか……。なるほどねぇ……」


 俺は若干表情が強張こわばったのを見逃さなかった。ちなみにこいつはやっぱりエルフだったようだ。エルフ(仮)からエルフに改名した。


「そうか、邪魔したな! ありがとな! ばぁ……いや、アーデルヴァイトさん」


 俺は手をヒラヒラさせながら引き返し、大通りの方へ向かって歩き出す。エルフも会話の内容はわかってないようだったが用事は済んだのだろうと慌ててついていく。


「なぁエルフ。お前さっき検問通ってから俺のことを勇者って呼んだか?」

「?? 呼んでないよ?? どうしてですか??」


 やっぱりな。あのばばぁは嘘をついている。まぁ俺も人のことを言えないが。


「ユウシャさまー。お金全部渡して大丈夫だったの?」

「ん? 全部なわけないだろ。ちゃんと半分残してあるんだよ。正直に言ってたら足元見られて全部金取られるハメになってたぞ。そしたら飯も寝るとこも困るだろ?」

「へー。ユウシャさま頭いいんですね!」


 嘘はお互い様だったわけだ。そうだろ? ばばぁ。


 チラッと路地に目をやったが、そこにアーデルヴァイトの姿はなかった。





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