第6話 異世界コミュニケーション

 これはマズい。非常にマズい。

槍を持った見た事ない服を着た男が今度は盗賊から追い剥ぎ行為をしているのだ。この女からしたらあの盗賊も俺も大差なかった。乱暴される相手が変わったくらいの認識だろう。

 ヘタに叫ばれたり暴れられたりしたら面倒だ。なんとか穏便にいく方法を考えなければ……。


 ゆっくりと驚かさないように細心の注意を払って動く。

 ゆっくりと視界に入ってきたのは、服と呼べるかわからないボロ布。そのボロ布からすらりと伸びた手足は泥や痣で汚れていた。布切れの上からでもわかる張りのある胸、顔の小ささも相まってより体のボリュームが強調されている。

 ここで初めてしっかりと女の顔を見た。幼い顔立ち、丸くて大きい目、長い尖った耳。

 ……尖った耳?

 二度見三度見した。


これは……俺らの世界で俗に言うエルフ? これってエルフだよな? いや、ただの耳が長いだけの種族っていう可能性も……。


 スライム、盗賊、エルフの美少女。なかなか出来過ぎている。


 あまりにチラチラ見過ぎたので女、もといエルフ(仮)は布切れで体をできる限り隠した。

 いや、襲う気なんてサラサラねぇよ。と心の中でツッコみつつ、この状況をどうしようかと考えを巡らせる。とにかく敵意がないアピールをしなければ。


 俺は刺激しないようにゆっくり動く。お互い目を離せずにいる。目で牽制しあう異様な空気が流れる。

 ゆっくり槍を足元に置き攻撃する意思がないと伝え、その手を上にあげる。まるで拳銃を向けられて両手を上げる刑事ドラマのワンシーンのようだ。それでも握りしめた硬貨は離さなかったが。


「え~っと、俺の名前は立花大和。タ・チ・バ・ナ! わかるか?」


「……???」


 やはり伝わらなかった。何かで見たピンチから救出して即ホレる的な展開はなかった。いや、元々期待していなかったが。


 ……右手の中には3枚の硬貨……。


「!」


 そこで俺は閃いた。


 エルフ(仮)に右手握った硬貨をゆっくり開いて見せる。それをもう一度閉じ口の前に持ってくる。そしてフッと息を吹きかけるとあら不思議! なんと硬貨が消えたのだった!

 ……なんてな。どうということはない。チャチなただの手品だ。実際は手の袖に滑り落としただけだ。だが反応は……?


「!!!」


「※※※※※!!! ※※※※※!!」←おそらく消えた?! 的なことを言っているのだろう。


 反応は上々のようだ。さらに左手を開き、さも右手から左手に移動したのかのように見せる。

 別になんてことはない。左手に元々隠し持っていただけだ。だが、エルフ(仮)は目をキラキラさせ、まるで目の前の男は魔法使いだったのか! というような尊敬の眼差しでこちらを見ている。

 

 チョロいな。


 タネを明かせばたいしたことは無いのだが、そちらに注意を引くことで警戒心を好奇心にげ替えることにまんまと成功したのだった。そもそもこの世界に手品なんて概念があるのかすら不明だが。


 とにかくギャーギャー騒がれる心配はなくなった。が、次に俺は大きな問題に直面していた。

 俺は何も言わず、そこに転がっている大男の服を剥ぎ取り、エルフ(仮)に投げて渡した。そう、いろいろはみ出そうで目のやり場に困っていたのだ。

 これは確かに男に襲われても仕方がないと思うほど立派だった。

 エルフ(仮)も察してくれたようで助かった。この世界にも一般的な羞恥心というものはあるみたいだ。


 とりあえず両者とも落ち着いたので自己紹介……とはならなかった。つくづく言葉が通じないというのはかなり面倒だ。この無言の空気に耐えきれない。こういう時は男から話題を切り出すべきだろうか……?


 ぐ~~~~きゅるきゅるきゅる……


 俺じゃないぞ。エルフ(仮)だぞ。

 エルフ(仮)は慌てて腹を隠す。何か慌てて言い訳らしいことを取り繕っているが、何言ってるのかわからなかった。だが、耳と頬を真っ赤にした姿はとても愛らしいと思った。


「あー、待てよ。確か……」


 リュックの中にゴソゴソと手を入れる。


 取り出したのはペットボトルと非常食だ。ポイッと投げて渡す。初めて見るいびつな形にペットボトルに警戒しているようだ。

 そーっと触ったり、匂いを嗅いだり……お前はネコかよ。

 中に液体が入っているのは認識しているみたいだが開け方がわからないようだ。


「あ、そっか。ほら貸しな」


 手を伸ばすが警戒された。まだ完全には心を許してはいないようだ。そりゃそうだ。ついさっきまで乱暴されかけたのだから無理もない。


 ペットボトルのふたを開け、少しばかり飲んで見せた。「毒なんか入っていませんよ」アピールだ。


「はぁ~~~~(いちいち細心の注意を払わなければならんのか。いや、面倒くさがるな俺! もう少しの辛抱だ!)」


 ようやく飲んでくれた。一応信用してくれたようだ……と思ったらもう飲みきったらしい。よほど喉が渇いていたのだろう。

 次に非常食を投げて渡した。まぁ俗に言う乾燥菓子だ。


 また興味深そうに触り、匂いを確認する。……やっぱりこいつはイヌやネコなんじゃないだろうか?


「あー! ちょっと待て待て!」


 ビクッとするエルフ(仮)。ビニールの梱包ごと食べようとしたのを慌てて静止する。

 貸しな、という手を伸ばすジェスチャーは次は理解してくれたようだ。汚い物に触れるかのようなギリギリのところを摘まんで渡されたが。


 ビニールの端を破いて見せ、中を見えるように渡してやった。フルーツ味だが、口に合うだろうか……。


 一瞬でなくなった。


 消えたと錯覚したくらい一瞬でなくなったのだった。

 「まだ他にあるか?」と目をキラキラさせながら訴えてくる。言葉は通じないがこれだけはハッキリと理解できた。

 他にはチーズ味とミルク味とかならこいつらの食生活に近いだろうか……。


 次は自分でビニールを破って食べた。学習する頭もある。やはり人間に近い人種とみていいのだろうか。



 全部食べられてしまった。


 完全にペース配分を間違えてしまった。見ていて気持ちよさそうに食べるもんだからつい調子に乗ってしまった。

 本当にお腹が空いていたのか、エルフ(仮)が大食いの人種かはわからないが、食料問題が急務になってしまった。

 ガックリ項垂うなだれる俺。なぜ項垂うなだれているのか理解できないエルフ(仮)は不思議そうにこっちを見ていた。


「いや、お前は悪くねぇよ。気にすんな!」


 と精一杯取り繕った笑顔を見せた。まぁ何言っても伝わらないだろうが。


「はぁ……。これからどうしたもんかね。これじゃせっかく呼ばれたのに、勇者が世界救う前に餓死とかシャレにならねぇ……」


 大きく溜息をつきながら今後をどうするか考えていた。


「……ユウシャ……?」


 エルフ(仮)がポツリと呟いた。




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