第4話 森と女と盗賊と

 長時間に渡るスライムとの死闘を演じ、森へ向けて再び歩き出す。いや、はたから見ればただの睨み合いの馬鹿げた光景なのだが。


 草むらを歩き続け、ようやく森の入口が見えてきた。入口といっても明確な道があるわけでもない。生えているのが草から木に変わっただけだ。


 近くで見る木は樹齢何年になるのだろうか、一本一本が太く、見上げると空が葉と枝で覆い隠されているほど巨大だった。そういう種類の木なのか、環境のせいなのか。ふとどうでもいいことを考える。


 水源や川がないか、木の実がっていないか、小動物はいないか、辺りをキョロキョロしながら一歩ずつ歩いていく。まだ日が高い内に食料を確保したいところだ。


 木々に視界が遮られ見通しが悪い。死角から動物や、もしかしたらさっきのスライムのようなものが急に飛び出してくるかもしれない。五感をフル動員して神経を研ぎ澄ませる。


「お? あれ何かの実じゃね? 食べれるかも!」


 正面に木の枝からぶら下がる丸い物を発見した。林檎のような丸い物体だ。まだ成熟していなさそうな薄緑色だが、食べられそうな物が見つかっただけでも収穫だ!


「ん……?」


 ここで自分の違和感に気付く。歩いても歩いても、その果実との距離が縮まらない。

 いや、違う。おかしいのは自分のほうだ。


 ……距離感が狂っている?


 数分歩いてようやく果実のる木に辿り着いた。一体何十メートル先の果実を見つけたのだろうか。目をゴシゴシとこする。そう、視力が劇的に良くなっていたのだ。


 今まで散々夜通し暗い中ゲームをやっていたのだ。視力は相当悪くなっていたはずだ。なのに……。

 もう一度集中してみる。

 目に力を入れ、遠くの物にピントを調節するようなイメージ……。遠くの物が湾曲しながら拡大され、くっきりと見えるようになった。細かい繊維の一本一本まで鮮明にわかるようだ。


「もしかしたら……」


 鼻に神経を集中させる。ここら一帯の空気を全て吸い込むかのように、大きく鼻から息を吸う。


――澄んだ緑の匂い、菌糸類の匂い、甘い蜜の匂い、様々の情報が一気に雪崩なだれ込んでくる。そう遠くない距離に食べれそうな物がありそうだ。


 次の実験、耳に神経を集中させる。耳を澄ませると、風の音……、葉が揺れる音……、鳥の鳴き声……、


「うっ!!」


 葉の一枚一枚擦れる音が全て耳に入ってきた。うるさすぎる! 情報過多で気が狂いそうだった。

 集中するのを止めるといつも通りの聴覚だ。はぁはぁと肩で息をする。目だけでなく、耳も鼻もよくなっているようだ。


「感覚が鋭くなってる? いや、強化されている?? ……いつからだ? ここに来た影響か? それともチートスキルってやつか? 貰った記憶はないが……」


 仮にチートスキルなら『目と耳と鼻が良くなる』……なんて地味な能力なんだ。もっとこう、何かなかったのだろうか。超必殺技が出せるとか、すごい魔法を身に付けるとか。『スキル:視力が良くなる』とかカッコがつかなかった。

 だが、身の危険をいち早く察知できるという意味では、これらの能力は非常に重要だろう。敵や獲物を先に認知できるという意味では大きなアドバンテージになる。この能力をもっと深く知る必要がある。


 道中、食べれそうな物を探しながらいろいろ試した。

 目はどこまで良くなったのか? どの距離まで判別できるのか? 暗いところでも識別できるのか?

 耳はどこまで聞き分けれるのか? 低音、高音の範囲は?

 匂いはどの距離まで認識できるのか? 種類は? 検証が必要だ。


 1時間ほど実験してみた。

 視力は30メートルくらいなら問題なく視認できた。人間相手ならまず先に気付けるだろう。

 聴覚は……そもそも聞き分けるにも風と葉と獣の声しか聞こえない。もっと音のバリエーションが欲しいところだ。

 嗅覚も同様だ。だが匂いの元を辿れば食料確保は難しくないだろう。実際に食べれるかどうかはまた別の話だが。


 だが、この能力に気付いたことは大きい。少し希望が見えてきたところでまた食料と水の確保のために足を進める。近くに獣がいないか耳に神経を集中させる。


「ん? ……何か聞こえる。獣の鳴き声とは違う。……これは人の声??」


 さらに集中力を高めながら声らしき音がする方向へ足を進める。もしかしたら人がいるかもしれない。わずかながら希望が見えてきた。


 ガサガサと草を掻き分け、僅かばかりの期待に自然と早足になる。だが不安もある。果たして人なのか? 日本語は通じるのか? 敵の可能性も十分ありえる。

慎重にゆっくりと距離を詰めていく。


「……………………※※!!」



「………………※※※※!!!」



「…………※※※※※※!!!!」


 やはり人だろうか? だいぶ聞き取れるほどには近づいたはずなのだが、何を言っているのかさっぱりわからない。人が発してるのは間違いないのだが……日本語とも英語とも違う。

 声質的には女だろうか。男の声もいくつか交じっている。話しているというよりは叫んでいる? なにやら切迫しているような……。


 森の中、複数の男と叫んでる女……。まずい、フラグが立ちそうだ。


 いくら遠くが見えると言っても、木が邪魔で実際に視界に入れないと見えない。千里眼のような透けて遠くを見通せる便利で都合のよいものではなく、ただ遠くが見えるようになっただけのショボい能力だ。


「※※※※※※!! ※※※※※※!!!!」


 何を言っているのかさっぱりわからん。

 もう少し近づいてみるか……。


「※※※※※!!」


「※※※※※!」


 やっぱり何を言っているのかさっぱりわからん。


 だいぶ距離を詰めたはずだが、全く聞き取れなかった。少なくとも日本人ではない。これは深入りしないほうが良さそうだとオタクの直感が告げる。

 だがもし人だったら……。状況の確認だけ、そう、確認だけ。


 木の陰に息を潜める。わいわいやっているところを見ると、何か揉めてるようだが……。


 そっと覗き込む。

 逃げる女、それを追う男。あっ……この時点で予想はほぼ的中した。


 状況は……ボロい服とも呼べるのかもわからない布を纏い逃げる女。女はよく見ると裸足だ。小柄な体格を見ると子どもだろうか?

 

 それを追う男が3人。盗賊か? 手には刃物。うち小汚い服を着た小柄な男が2人、もう1人はかなりガッチリした体格、良い物を着てるところを見るとこいつがボスだろうか。


 これは首を突っ込んだら面倒なことになる。いや間違いなく。数々のお約束やテンプレを見てきたオタクの勘が言っている。

 あの女には申し訳ないが、速やかにここを去ろう。ほら、そうこう言っている間に女は追い付かれてしまった。相手は3人、しかも凶器を持っている。こっちは生身、余りにも分が悪すぎる。今怪我をするわけにはいかない。下手をすれば死ぬかもしれない……。


「(すまん……。)」


 俺は来た道を引き返そうとした――。


 ぱきっ!


 やべっ! 何か踏んだ?!


 ただの木の枝だった。心臓がバクバクする。この距離だ、まさか気付かれてないだろうが、そっと振り返る。


「!!!!!」


 あの女!! こっちに気付いてる!!

いや、正確な場所まではわかってないが、確実に音がした方向は気付いている!!!

なんで聞こえたんだ?! 地獄耳か?!!


「※※※※※!」

「※※※※※!!」


 まさか、誰かがいる可能性に賭けて助けを求めてるのか?


 俺は見てしまった。いや、向こうからすれば気付いてすらいないだろうが……。

 だが俺はこの目で見てしまった。耳で聞いてしまった。俺の中でクソみたいな罪悪感が芽生えてしまった。そのせいでもう見て見ぬフリはできなくなってしまった。


「……。あーもうクソったれが!」


 頭をバリバリと掻き、俺は覚悟を決めた。




 ※※※※※※※※※※※

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