第3話 雑魚キャラの代名詞

 天気は快晴、雲はほとんどなく空気は澄んでいる。たまに吹く風が膝下まで伸びた草を揺らしている。


 その草を分け入りながら、ガサガサと音を立てて森を目指し歩いていく。これがピクニックならどれだけ良かっただろう。


 靴を履いてから召喚されたのは助かった……。


 裸足でこんなところを歩いたら、すぐ怪我をして行動不能になっていただろう。

 草が青々と生い茂っている。足元の視界が悪く、何が落ちているか何が潜んでいるか分かったもんじゃない。


 10分ほど歩いたが、遠くに見える森との距離は一向に縮まっている気がしなかった。


「いつまで歩けばいいんだよ……そもそもゴールはなんだ?」


ここで言うゴールとは、

 ①魔王を倒す。(どこにいるかも、魔王の強さもわからない。)


 ②世界を救う。(何から救うかも、どうなったら救ったかの基準もわからない。)


 ③日本の自宅に帰る。(そもそも救えと言ったが無事帰してくれる保証もない。)


 この先不安しかなかった。ゲームやラノベのようにそんな都合よく

 チートスキルでレベルアップ!

 旅の途中で仲間も強い武器もGET!

 すごい技で魔王を倒せた!


 ……みたいな展開になる未来が見えなかった。

 いや、仮にラノベなら、この後スライムかドラゴンかロリ幼女が出てきて何かしらの展開があるはずだが……。


「ドラゴンとか即殺されるな……」


 ボソッと自虐ネタを吐いてみたが、想像したら笑えなかった。

 右手に持った槍を使いこなせるはずもなく、即食べられるか、炎で焼かれるかの未来しか見えなかった。

 思わずゴクリとつばを飲む。


「ゲームなら死んでもセーブポイントからやり直しできるんだけどな……」


 そんなラノベやゲームのように都合よく……待てよ?


 俺はクソ女神の言っていた言葉を思い出す。


「「あんたの所じゃこーゆーの流行ってるんでしょ? 詳しそうだし自信もあるみたいだし」」


“こーゆーのが流行っている”、つまりラノベやゲームの存在を知っている?


“詳しそうだし自信もあるみたい”、つまりラノベやゲームの知識と何か関連性がある?


 ……まだ憶測の域を出ないが、何かヒントが隠されているのでは、と1人ぶつぶつとつぶやきながら歩いていた。


 と突然、体の異変に気付く。


 首筋がゾワゾワする。鳥肌が立つ。何か良くないことが起こりそうな―――――

 身体を低くし辺りの様子をうかがう。


 進行方向の約10メートル先、不自然に草がガサガサと音を立てて揺れている。一気に緊張が高まる。

 何かがいる。虫か、動物か、人か、もしくはそれ以外か……


「とりあえず、様子を見るか……」


 その場で息を潜めてじっとしているが、向こうに動く気配はない。こういうのは先に動いた方が死ぬ。相手がしびれを切らし動くのを待つ―――――。




 そして20分が経過した。

 気配はある。ガサガサと草が揺れている。まだそこにいるのは確かなのだが、相手は果たして生き物なのか?

 近くにあった石を拾い、試しに投げてみる。


 ガサガサと草が動く。


 当たった反応はある。手応えもある。こんな距離ならそもそも外さないからだ。

 だから余計に違和感があった。普通石が当たったら何かしらの反応があるはずだ。声を出したり、草むらから飛び出して来たりといった何かしらの反応が。

 反応しない、つまり相手は生き物ではないのか? もしくは反応できない理由があるのか?


 試しにもう一回、今度は強めに投げてみる。

 が、特に反応がない。得体の知らない何かとのにらみ合いの膠着こうちゃく状態が続く。





「あーーーーーーもう! 何やってんのよ!!」


 セレネが頭をわしわしと掻きながらスクリーンに映し出された男に向かって叫ぶ。天上界の一室からセレネの声が響き渡る。

 たくさんの資料が並ぶ天使の事務室とでもいうのだろうか。机に頬杖ほおづえをつきながらあの人間の動向を観察していたのだ。

 あの人間を転送した以上、最後まで見届ける義務があるが、草むらに身をかがめ投石するだけの全く進展のない状況にイライラしていた。


「いかがなさいましたか? セレネ様」


 声を聞きつけ、ロハンとクローズが部屋に訪れる。


「ん? あいつ何やってるんすか?」

「こっちが聞きたいわよ! かれこれ30分近く草むらに隠れてたまに石を投げての繰り返しよ! いい加減飽きてきたわ」


 スクリーンに映し出されてた人間を指差し、うんざりしているようだった。


「30分もですか? こいつバカなんじゃないすか?」


 ロハンには目の前で何が起こっているのかさっぱり理解できなかった。


「いや、どうやら動きがあるようです」


クローズがスクリーンを見るようにうながす。




 何度も石で牽制しているはずだが、現状何も変わっていない。しびれを切らした俺はついに動いた。

 槍を構えジリジリと距離を詰めていく。何が出てくる? 虫か? 鳥か? はたまたモンスターか?


 7メートル……6メートル……5メートル……


 ついに視界に捉えたその先には


「なんだこれ?」


 そこには液体のような、ゲル状のような、決まった形を持たずグニョグニョと蠢く謎の物体があった。

 緑色のような青色のような表現しがたい色、ズルズルと這いずりながら動く姿はまさに……


「スライム……なのか?」


 なんかこう、球状だったり、某RPGのようなものを想像していたのだが……


「気持ち悪っ!」


 色味といい、ズルズルと動く様といい、何とも言えない不気味さを漂わせていた。なるほど、目も口も無いなら石を当てられても反応がないわけだ。だがこの見た目、脳や脊髄はあるのか? どうやって動いているのか? 見れば見るほど不思議である。


 スライムの中身を確認しようと覗き込む……

 するとスライムが突然襲い掛かってきた!


「うわあああっ! 気持ち悪っ!!」


 俺は叫ぶと同時に槍を全力でぶん投げた。


「あーーーーー俺の槍が!!」


 スクリーンを見ていたロハンも同時に叫ぶ。


 槍はスライムの体を突き破り、液状の物体が四方に弾け飛ぶ。びちゃびちゃと草にへばりついたスライムの破片はシュウウウウ……と煙を出しながら消えていった。


「あー気持ち悪かった」


 鳥肌を抑えるかのように両肘をさすり、思わず投げてしまった槍の回収に向かう。

 まさか口も無いのに捕食しようとしたのか、そのまま飲まれたら溶かされたりでもしたのか、脳内に浮かんだ嫌なイメージを払いながら歩いていく。


「ん? なんだこれ?」


 槍の刃先には石のような塊が刺さっていた。石のようでもあり、宝石のようでもある。鈍く黄色く光る小さな石。そして周りにはスライムの残骸はなく、この石だけが残されていた。

 スライムは倒したのか? この石はドロップアイテムなのか? もしくは、たまたまこの石を飲み込んでいたのか? お約束であれば魔石だったり、換金できたり……と脳内の知識をフル動員する。


「今はわからん!」


 考えるのを止め、とりあえず手に取った石をリュックに仕舞いまた森へ向かい歩き出す。





「ぎゃはははは!! 見ましたアイツ?! スライムに全力で槍を投げる奴なんて初めて見ましたよ?」

「まさかスライム一匹にここまで手こずるとは……」


 スクリーンに映し出された光景に、完全に召喚する人間を間違えたと頭を抱えるセレネ。対照的に大爆笑するロハン。

 クローズは険しい表情を崩さないまま何も言わず、じっとスクリーンを見ている。


「こんなんじゃ魔王を倒すのに何年かかるのよ……」


 セレネはぐったりしていた。



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