ボーン・セブン
鵜鯉未髪は、廃人通りの実質的な長、鵜鯉白春の娘である。
もっと明細に言うならば、鵜鯉白春と元三番街所属であった女性との間にできた、格差婚による子どもである。
原則的に地上の人間と地下街の人間が婚姻を結ぶことは許可されておらず、母親は彼女を産んですぐに地下警察を辞職し、地上へと戻った。下手に地下街に残っていると、白春にも未髪にもろくなことがないと分かっていたからだ。
そして彼女が十歳になった日、鵜鯉白春は地下街の悪夢に呑み込まれ、半ドリーマーとなった。彼が果てのない渇きの悪夢の中でも自我を失わなかったのは、ひとえに未髪の存在があったからだろう。
しかし結果的に白春は、未髪を自分から遠ざける選択を取った。当然の結果だろう。自我を保っているとはいえ、人食いの悪夢に取り憑かれている自分の傍に娘を起きたいとは思わない。
未髪はそれから、一葉も世話になっていた孤児院に預けられた。院を出るまでの五年間、苗字は伏せ、下の名前しか名乗らなかった。
十五歳になって院を出た未髪は、間もなくして地下三番街のならず者を取りまとめる男に出会った。彼は自分のことを『ボーン』と名乗り、その名の通り骨の異能を持ったBAD持ちであった。
ボーンは孤独な男だった。そしてその孤独は、未髪が抱えているものと少し似ていた。二人が手を組むことになるまで、時間はかからなかった。
二人に共通している思想は、『地下街』というルールそのものに対する嫌悪であった。そもそも地上と地下が分かたれていなければ、彼女が母の顔を思い出すのに苦労する必要もない。
もう一度、白春とともに地上にいる母親と暮らす。
それが未髪の目的であり、全てだった。そのためには、地下街そのものを否定しなければならない。
ボーンは、地下街の全てを憎んでいた。親も友人も、無法の地に呑み込まれてどこかへ消えてしまった、ある日彼は未髪にそう話した。
未髪はボーンに同情などしていない。そんなことで彼が救われないのは分かっていたからだ。反面、ボーンは未髪の境遇を悲観していた。ボーンは、他人の感情に影響されやすい男だった。
未髪が瀕死の重症を負わされたと聞いて、真っ先に鵜鯉白春の拉致を命じたのはボーンだった。未髪にとって、唯一自分の命と天秤にかけられるものが彼であると知っていたからだ。
地下三番街の外れ、廃人通りとは対極に位置する裏路地のバーの廃墟、それがボーンら、ならず者たちの根城だった。
「命令通り、鵜鯉白春を連れてきました」
扉を開けるや否やそう言って無神経な足音を立てるのは、スキンこと一二三晶の部下である痩身の男だった。
一二三の部下は全員、彼のお手製である人皮でできたマスクを被せられており、そのどれもが赤く塗り染められているので、体型でしか個人を特定できない。
「少し暴れましたが、楽な仕事でした」
言うと、彼は人型の麻袋を床に投げた。
ドッ、という音を立てて麻袋は倒れ込み、そのままモゾモゾと蠢く。
「……ああ、お疲れ」
バーのカウンターに座った男は、部下の報告を一通り聞くと、掠れた声でそう労った。
「ありがとうございま……ってえ!」
男の労いに対し礼を返そうとした一二三の部下の左肩には、白い槍のようなものが突き刺さっていた。薄暗い室内でも、それが人骨であることは質感からはっきりと分かる。
その骨は、カウンターの男の肩から伸びているものだった。男はさも気だるげに椅子から腰を上げると、その長い前髪の隙間から苦悶の声を上げる部下を睨みつける。
「お前さ……それ、未髪の一番大事な人間だって言わなかったっけ? なんで、何を思って今、お前はそれを投げたの? なんで刺された、みたいな顔してんなよ……刺さなきゃ聞けねえ馬鹿だから刺してんだろ?」
変形する骨が、じわじわと傷口を広げていく。内側から体が裂けていく痛みに、部下の男は脂汗を流しながら悶絶する。赤いマスクの隙間から涙と涎の混じった液体が漏れ、ポタポタと地面を濡らした。
「……芯のないやつ、嫌いなんだよ」
肩を貫いていた骨は、刺さったときと同様の勢いで引き抜かれ、そのまま部下の男は地面に崩れ落ちた。
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