ボーン・フィフス

 地下三番街中央病院、五〇六号室。

 一葉は来山から聞いた番号の病室に向かっていた。

 自身の不在中に起きた三番街交番への被害、それも二件連続でのことだった。

 不甲斐ない、そんな言葉では軽々しく片付けられない。

 一葉は既に安良安寧とは別れていた。仕方ない。彼女は地下警察の人間が基本的には嫌いなのだから。

「一宮一葉、例の女を逃してしまい――」

 彼が病室の扉を開きながらの報告を途中で打ち切ったのには理由があった。

 病室には酸素マスクをつけて眠っている直喰と、彼女が眠っているベッドの傍に立ち尽くす桜丘と来山の姿、そして、本来もう一人の警察官が眠っているはずの無人ベッドがあった。

「ヒト……」

「ヒトヒラ、ご苦労だった」

 桜丘と来山の声は、明らかに普段とは違う影を帯びていた。

「……愛中は。愛中はどこに?」

「っかんねえ。ただ、俺らが簪を運んできたときにはもういなかった」

「連絡もつかないんだ。……また奴らの襲撃を受けた可能性も捨てきれないのが正直なところだ。この件は俺たちが思っているよりもずっと根が深いのかもしれない。お前が帰ってきたら、他交番への応援要請をかけようと思っていた」

「そんな悠長なことできませんよ。例の女は手負いです。それに、来山さんたちが遭遇したという子供のような外見の男というのも、こちらと同じくかなり追い詰められている様子でした」

 来山の提案に対して、一葉はきっぱりと答えた。もともと三番街交番は単独遊軍扱いを受けており、故に他の地下交番との連携もろくに取っていない。助力を求めようにも、今すぐにという話にはならないだろう。

「ああ、ヤマさん。俺もそろそろ限界だ。出るぜ」

 一葉の意見に桜丘も賛成の意を示す。彼の視線の先には、青ざめた顔で眠る直喰がいた。

「……わかった。俺はここで直喰の様子を見ている。お前たちは捜査を進めてくれ。だが、必ず二人で行動すること、何かあればすぐに連絡することを厳守しろ。これが俺から出せる、最大限お前たちの意向に譲歩した条件だ」

「はい」

「かったよ、ヤマさん。あのクソガキとロン毛女、ぶっ殺してきてやるからよ」

「一、お前も警察官だ。私情はあるにせよ、可能な限り生きたまま捕まえてこい」

「……可能な限り、な。行くぞ、ヒト」

 桜丘の後をついて、一葉も病室を後にした。脳裏にちらつくのは、愛中と最後に交わした言葉だった。

『だからヒトヒラ、そいつ捕まえてぐちゃぐちゃにしちゃってよ』

 きっといつもの冗談だったのだろう。

 一葉自身、感情に任せて行動をするようなタイプではない。しかし今彼は、あくまで警察官として、この街のヒーローとして、愛中との口約束を確かに果たそうとしていた。

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