ボーン・フォース

「やあやあ、急に消えちゃってすまないね。何せボクは、急にいなくなるのが趣味なんだ」

 へらへらとそう言いながらこちらに向かって歩いてくる女に、千早は底知れぬ不気味さを感じていた。

 千早の迅速な処置により、一葉の肩は上手く止血されていた。しかし、それなりの出血があったことは紛れもない事実で、いくら一葉といえど、その顔色に普段の落ち着きはなかった。

「……殺したんですか」

「いや、釘もといナイフをざっくり君と同じ場所に刺してやっただけだよ。だから対等だろ? ボクは傍観者にできるだけをしたまでさ」

 安良はそう言うと、周囲を軽く見渡してから続けた。

「ところでさあ、君たち。あの瀕死だった女の子はどこ?」

 彼女の発言に数秒間、空気が凍る。千早があの髪の女が倒れていた場所に目を向けると、そこには大きな血溜まりとといくつかの血痕だけが残されており、肝心の女の姿はどこにもなかった。

「やられた……」

「おいおいおいおい。素人である二人はともかくとして、そこの顔色の悪いこの街のヒーロー君まで目を離すとは。地下街の明日は嘆かわしいね」

 呆れた表情で安良は額を押さえる。当然、その言葉の行く先である一葉の表情もよりいっそうと闇を深めた。

「……まあ、ともかくよお」

 これ以上事態が好転しないことを悟ったダストが口火を切る。

「あんたら、これ以上ここにいてもしょうがないだろ、一度お家に帰った方が賢明だと思うがなあ? 肩が痛くて歩けねえっていうなら、ここのチビでも貸し出すからよお」

「勝手に人を貸し出すなゴミ袋!」

「優しいんだね君たち。でもまあ、ヒトヒラ君にはこの安良安寧がついてるから心配いらないよ」

「心遣いには感謝するよ」

 安良と一葉の二人はそう言い残すと、それから間もなくゴミ山を後にした。


 二人の後ろ姿を見送った後、千早がダストに小さな声で言う。

「案外悪い人じゃないのかもな、あの人」

「相変わらず幸せ頭のチビだなあ、おい。今回はあいつにとって俺たちが敵対勢力じゃなかったってだけだ。目でもつけられたらめんどくせえからもう関わるなよ」

「本当、か弱い子供みたいに慎重だなあ。実際世の中、そこまで警戒するほどでもないかもよ?」

「……まあいい。さっさと片付けて朝を待とうぜえ」

「はあ……眠たい」

 ダストと千早に残っているのは、散々に散らかった戦闘の後片付けであった。

「なあ、ダスト」

「あ?」

「あの女の人、誰なんだ?」

「あの白髪の女か。知らねえよ。まあ十中八九、地下警察の人間だろうがな」

「……そっか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る