ボーン・サード
『スキン』という異能が、この地下街にはある。所有者は一二三晶、三十一歳。
この能力の説明を究極的に簡素なものにするならば、それは『脱皮』である。その名の通り、彼は爬虫類よろしく、古くなった表皮を脱ぎ捨てることができる。
では、『古くなった表皮』とは、一体何を基準にして『古くなった』と言うのだろうか。
答えはシンプルであり、それこそがこの異能の真髄である。『スキン』が基準とするのは『今現在』であり、なんなら今この瞬間でさえも、一二三の『皮』は古くなっている。異能が目覚めて以降、彼の体は常に脱皮が可能な状態にあるのだ。
そして、いくら皮膚を脱ぎ捨てようとも、彼自身が消耗するものは何も存在しない。どころか、彼が皮膚を脱いだ時、その『皮』が老化していた時間はリセットされ、常に脱皮を終えた一二三の肉体年齢は異能に目覚めた十二歳のままである。
つまり、どういうことなのか。ひと言にまとめよう。
一二三晶の『脱皮』に限界はない。
『スキン』という異能の真の特異さは、『半永久的に歳をとらない』というところにある。
「やあやあどうも、一二三晶くん。いや、その見た目なら、晶ちゃんとかの方がいいかな? ボクと君は殆ど同い歳だったっけな。いやはや、その『スキン』ってのは少々羨ましくもあるよ」
一二三晶は状況を飲み込めずにいた。
先程まで奇襲を仕掛けていたはずの自分が、唐突に殺風景な真四角の部屋の中へと閉じ込められている。部屋には窓ひとつなく、おそらくコンクリート製の壁は相当な分厚さがあるように思えた。
そして、目の前にいる彼女のことを、彼は全く知らなかった。
「……誰だよおばさん。僕、ちょっと今忙しいんだけど」
「なんだい晶ちゃん、君は中身まで外面と合わせて生きてるのか? 窮屈だなあ。大丈夫? 骨のあの子とか、髪のこの子とかとジェネギャ感じたりしてないかい? あ、ちなみに私は安良安寧。次におばさんと呼んだら自慢の皮膚にタレをつけて焼いてやるよ」
安良の言葉を受け、一二三は動揺する。なぜこの女は自分たちの内部事情を知っているかのような口ぶりをするのだろうか。仮に知っていたとして、自分の邪魔をしてくるということは……。
「あんまり足りない頭で考えるなよ、晶ちゃん。それと……あんまり待たせるな。ボクはそれなりに怒ってるんだ」
鋭い眼光と共に一二三の元へ飛んできたのは、先程自分が地下警察官の肩に刺したばかりの小型ナイフだった。まずい。咄嗟にその場で回り受け身を取りながら、彼は不意打ちをかわす。ナイフは冷たい壁に跳ね返り、空中に舞った。
「何すんだよ、クソババッ……」
彼は判断を誤った。安良安寧を前にして、彼女の姿を一瞬でも視界から逃せば当然こうなる。
「安良安寧だと言っただろ」
空中に舞ったナイフは、同じく空中へと舞った安良安寧の右手に収まり、一二三晶の頭上で、それは急降下を始めた。彼が皮膚を脱ぐ暇もなく、安良のナイフは一二三の右肩を貫いて地面を鳴らした。次いで鳴るのは、一二三の苦悶の叫びだった。
「ヒトヒラ君はボクのお気に入りなんだよ。だから、ただの駒にしか過ぎない皮かむり野郎が手を出すんじゃない」
分かった? 尋ねるのと同時に、安良は手に持ったナイフを乱暴に揺らして傷口を広げる。無地のコンクリートに血飛沫が飛び散り、子供のような声で呻く一二三の声が弱々しく漏れた。
「……分かった。もう地下警察には手を出さない、から。だから、許してくれ」
「別に地下警察云々はどうでもいいさ。……うん、どうでもいい。私は、一宮一葉が英雄であれるならそれでいいんだからさ」
一二三晶が意識を失うのと同時に、周囲を囲んでいたコンクリートの壁も消滅した。彼はそのままゴミ山の後ろで倒れ込み、安良安寧はヒトヒラの傷口をテーピングで塞いでいた千早とダストの前に、そのまま何食わぬ顔で姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます