ボーン・ファースト


「おや、片付いてるじゃないか」

 ゴミ山の前、血溜まりに倒れる女を見て、その惨状とあまりにも不釣り合いに呑気な声がそう言う。次いで、激しい息切れの合間を縫うような男の声が聞こえる。

「安良さんがデタラメな道案内をするからじゃないんですかねえ」

「人のせいにするのは良くないなあ。忘れてないかい? ボクだって、君の守るべきこの地下街の市民なんだからさ、市民の過ちは街のヒーローの過ちだよなあ?」

 不毛なやり取りを眺めながら、千早はダストの姿を探した。彼女は今、自身の体すら満足に動かせない状況にある。仮にこの二人があの女の仲間だとしたら、何よりもまず退避行動を優先させなければならない。

 しかし千早の視線の先に、本来倒れているはずの黒スーツの姿はなかった。

「……どこだよゴミ袋」

 もう少し周囲を見回そうと動かした千早の眼球のすぐ側に、探し人であるダストの顔があった。

「……!」

 驚きの声を上げそうになる千早の口元を手で塞いで、ダストが呟く。

「俺の鋭い勘が言うに、あいつらはあの女の仲間じゃないだろうが、一応大声はやめとけよチビ」

 誰のせいだ! 千早は必死に目で訴えかけるが、ダストは彼女の方を見向きもせず、突如現れた二人組の動向を伺っていた。その横顔、もとい横眼球を見るに、ダストも相当に気を張っている様子だった。彼にとっては、千早が動けないことは自身の四肢のどれかが欠けることと同じくらいの事象なのだ。もしかすると、それ以上かもしれない。

「あの警官、昼間のにいちゃんだ」

「あ? そういえばあんな顔してたっけなあ」

 ダストはあまり覚えていないのか、ゴミ袋の頭を人差し指でガサガサと持て余しながら曖昧に同意した。


「ん? 君たちは」

 二人の視線の先にいる二人組のうち、背の小さい女性が首を傾げながらダストたちにそう声をかけてきた。

「あっ……」

 女性に促されるようにこちらを向く男性警官は、眉を歪ませ、虚をつかれた声を漏らした。

「ん? ん? もしや君たち知り合いかい?」

「いや、知り合いといいますか……。ちょうど今朝迷惑をかけたばかりの方々ですよ」

 困ったことになった。今にもそう聞こえてきそうな表情を浮かべながら、男は簡潔に説明する。

「なんと。街のヒーローが聞いて呆れるなあ」

 女は小さな体いっぱいのため息を吐き、わざとらしく嘆きの言葉を零して男の反応を楽しんでいるようだった。


 明らかな放置状態に痺れを切らしたダストはその場で立ち上がり、意地の悪い笑みを浮かべている女に向かって告げた。

「盛り上がってるところ悪いがなあ、置いてけぼりは好きじゃないぜ」

「おお、それはすまなかったとも。じゃあとりあえず……そうだな。君たち、この怒れる地下警官、ヒトヒラくんの質問に答えてやってくれよ」

 女がそう言い終わるかどうか、というタイミングで、ヒトヒラと呼ばれる男はダストと千早のいる位置の一メートルほど近くのところまで距離を詰めてきた。決して警戒を解いていたわけではないダストは、いきなりの接近にバッドを生成して身構える。

「大丈夫だ、多分。君たちは鵜鯉さんとも仲が良いようだし、正直疑わしいとはあまり思っていない。だけど」

 ダストと千早の二人は、彼の目に込められた煮えたぎる何かを感じ取り、再度警戒を強めた。もしも彼が敵意を向けてきたら、とても一筋縄でどうにかなるような相手ではないと確信したからだ。

「――俺の街をこれ以上汚されたら、俺は自分でも何をするかわからない」

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