キューティクル・セブン

「さて、と。お前、昼間の脱皮野郎のお仲間か?」

 ダストの問いに、女は意味深な微笑みを返した。

「どう思う?」

 言いながら、女は再度黒髪を伸ばして戦闘態勢に入った。今度は先程とは違い、髪が太く大きな三本の束となっているのを、ダストはあくまで冷ややかな視線で確認した。

「どうでもいいと思う」

 捨てるようにそう言ったダストに向かって、女の髪の束の中でも秀でて大きな黒塊が猛進する。


「冷たいなあ。――因みに、私の名前はお前じゃなくて、未髪だから」

 回避が間に合わないと悟ったダストは、瞬時に手に持った大狹をバッドに変形させて、自らを撃ち抜かんとする黒塊の側面にそれを沿わせるようにしながら直撃を防いだ。しかし打撃の勢いは殺しきれず、彼の体は二転三転と地面を勢いよく転がった。

 女はすぐさま二撃目を浴びせることはせず、ダストが飛ばされる様を見て笑みをこぼしていた。そんな女の様子を受けて、ダストは手に持ったバッドを再び霧に戻す。女の攻撃に合わせて瞬時に武器を選択するには、はなから何も生成していない状態が一番スムーズだからだ。


「申し訳ないけどなあ、人の名前を覚えるのは苦手なんだよ」

 ダストは軽口を叩きながら思考する。このままでは防戦一方になることは目に見えている。女の返答からして、ハジーの店で対峙した能力者と何かしらの関係性があることは明らかだった。つまり、長期戦になればなるほど、あの男のような能力者が向こう側に加勢する可能性が増える。

 加えて、現在ダストが感じている気配は目の前の女のものだけだが、先程まで自分たちを追ってきていた気配はまた別のものだった。女が待ち伏せているゴミ山へ二人が向かうのを尾行することだけが目的だった可能性もあるが、それはあくまで希望的観測に過ぎない。


 よってダストが導き出した最適解は、誰の介入も許さないほど迅速に、この女を制圧することだった。


「そんな足りない頭で一体今、何を考えてるのか教えてよ」

 ダストが思考していたのは長くても数秒間、少なくとも女との距離から計算して、拳が当たるほど接近する余地など存在しない、はずだった。一瞬でダストの目の前まで接近した女は、その速度を十分に乗せた回し蹴りをダストの右肩に見舞った。逃げ場のない衝撃はダストの立つ地面に僅かなひび割れすら残し、思わず彼は膝をつく。が、そんな彼の顔面に、息付く暇もなく追撃の膝蹴りが入る。骨と骨のぶつかる鈍い音が響いた後、ダストの体はその場に崩れ落ちた。

「手応えあり」

 倒れたダストを見下ろす女の髪はセミロング程度まで短くなっており、色も黒髪から白髪に変わっていた。

「遠距離が見切られるなら直接殴ればいいだけだもんね。あ、蹴ればいいだけか」


 女はふと、先程ダストが運んでいった千早の方に目を向ける。すると、千早はまだ意識を保ったまま女の方を睨みつけていた。

「ふふ、力入んないでしょ。わりとキツめに搾ったからね。でも安心しなよ、あんたを殺すつもりはないから」

「……しい」

 弱々しい声で、千早が何かを言った。

「――まさかっ!」

 女は瞬時に違和感を感じ取り、その場を離脱しようとした。

 しかし、彼女の両足首は、地面に這いつくばっているダストの手に力強く握られており、微塵たりとも動かなかった。

 次の瞬間、女の腹部を何かが貫いた。それも一箇所ではなく、五箇所同時に。

「……なるほど、ね」

 白髪のショートカットは黒のロングヘアに戻り、口内から溢れる血液を顎から雫のように落としながら、女は納得する。目の前の少女の手のひらには、自らを貫いたであろう小さな釘が五つ握られていた。

 自分は誘導されたのだ。ちょうど、少女と地面に転がった釘の中間地点に。真実を知り、女は足元のゴミ袋男の狡猾さを思う。はなからこの男はこの場所にさえ誘導できればいいと踏んでいたのだ。あくまでその他の行為はこの作戦のブラフでしかない。

「いやあ、幸運なこともあるんだなあ。まさか相手の方から近づいてくれるだなんてよお、おい」

 皮肉たっぷりな笑みを浮かべるゴミ袋の顔を最後に、女の視界はブラックアウトした。

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