キューティクル・シックス

 ダストと千早の二人は追手の様子を伺いつつも、ホームである三番街外れのゴミ山までの帰路を辿った。「もうとっくに知ってるだろうからな」というのがダストの見解で、「あそこなら誰だろうと負けないよ」というのが千早の見解だった。

 肝心の追手はというと、二人がホームに戻ってから数分が経つまで足音一つさせず、ただ微かな気配のみを発し続けていた。静かすぎるがゆえに、千早は追手に対して底知れぬ不気味さを感じていた。こうしてホームに戻っても何のアクションもないところを見ると、追手の目的はただの監視に過ぎないのだろうか? どちらにせよ、このまま見過ごせるはずはない。自分たちはどう転んでも、この気配の正体を確かめる必要がある。

 そこまで千早が思考した直後、ダストが口を開いた。

「出て来いよお、金魚のフン君。いったい何の用なのか、腹でも頭でも割りながら話そうぜえ」

 所々をひび割れの電光掲示板が照らすゴミ山に、ダストの挑発が響く。勿論、返す声はなかった。

「どうしよう、もしかしてこのまま見られっぱなしなのかな。勝手に家まで着いてきやがって、プライバシーとかそういうの頭に入ってないのかよ」

 正体も定かではない何者かに一方的に監視されているという状況は、無意識のうちに千早を焦らせた。しかし、自身の判断能力が著しく下がっているのを、千早は客観的に理解していた。だからこそ彼女は、ダストの意向に従うことを決めていた。

 だがそれは、ある意味で自己判断の放棄に他ならない。

「――っ!」

 千早は自身の真後ろに迫る黒い影に、自らが縛られるまで気づくことができなかった。

「ダス……」

 みるみるうちに千早の体は黒髪に飲み込まれていく。あっという間に口元も塞がれ、彼女は全身から力が抜けていくのを感じた。底抜けの脱力感。秒読みで遠ざかる意識の中、千早は咄嗟に肺に残った酸素を使って声にならない声をあげる。

 いらない。

 音にならずとも確かに唱えられたその要求に応えるように、千早の腰に備えられたポーチから大量の釘がこぼれ落ち、それらはゴミ山の地面にぶつかって冷たい金属音を鳴らした。

「返せ」

 薄れつつある視界の端に千早が見たのは、ダストの持つ巨大な黒い鋏が、自らを縛っていた黒髪を両断する姿だった。


「――ったいなあもう」

 不満気な声とともにゴミ山の隙間から出てきた女は、ダストが両断した黒髪をおよそ十分の一程度の長さまで縮小した。能力を一時的に解除したらしい彼女の髪は、それでも膝の下程度のところまで伸びていた。

「これはどうも麗しきクソロン毛ぶりだこと」

 ダストはその場に倒れ込んだ千早を少し離れた場所に寝かせてから、大狹を構え直した。ダストが全く警戒を緩めていないことを察してか、その間、女が仕掛けることはなかった。

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