キューティクル・フィフス

 安良安寧は警察官ではない。彼女は地下街アンダー出身のBAD能力者であり、地下警察によって指名手配を受けている犯罪者でもある。

 五年前、三番街を管轄していた警察官が一夜にして全滅する事件が起きた。ここでいう全滅とは、当時二十三人いた三番街警察官全員の死亡を意味する。彼ら彼女らは元々の有り様が分からなくなるほど体を分断され、まさに事件現場は血の海になっていた。

 血で染まった警察署内から見つかった遺伝子情報から、犯人はすぐに特定された。しかし、地下警察は今日に至るまでその殺人犯を捕まえられずにいる。

 もっと言えば、現時点で彼女の存在を覚えている人間すら、この地下街にはほとんどいない。

 安良安寧の能力は、驚くほどシンプルなものだった。


「なんなのさ、君はいつも突然だよなあ」

 気の抜けた声と同時に交番の内壁の一部が盛り上がり、まるでスライドドアのように開いた。ズレた内壁の中には空間があり、ちょうど六畳間ほどの小部屋になっていた。

「今度からボクに話しかけるの、予約制にしてやろうかな」

 寝ぐせが跳ねる後頭部を掻きながら、安良安寧は心底面倒くさそうに愚痴をこぼす。

「すみません、急に呼んでしまって」

「ああいいよ、そういうの。ちっとも思ってないくせに言うなよな。君はこの地下街の大義以外に気を配ることなんてしないだろう?」

「今日はまた、随分と刺々しい言い方をしますね」

「ははっ、傷つかないでおくれよ。ボクは君のそういうところ、わりと好きなんだからさ」

 傷つきませんよ。小さな声で呟きながら、一葉は話を進めるために言葉を続けた。

「安良さん、骨奪いの件について何か知りませんか?」

「骨奪い? ああ知っているとも。あの子も、やっと君たちが動くくらいまで名が知れたんだね」

 表情を少しも変えないまま、安良は淡々とそう言う。

「骨奪いが誰なのか、知っているんですか?」

「しつこいなあ、知ってるって。なんならあの子の取り巻きのあの子とか、その子とかこの子とか。あの子たちがしそうなこと、大体は想像つくよ。……もしかしてあの子たち、警察官でも襲ったのかな?」

 どこか愉悦も混じったような涼しい顔でそう答える彼女を前に、一葉は数秒言葉を失った。

「誰ですか。あなたの想像通り、昨日愛中が襲われたんです。そして今も地下街の誰かが殺されて骨を抜かれているかもしれない。教えてください安良さん。骨奪いは、愛中を襲ったのは――」

 安良の眠たそうな瞳を睨みつけながら、一葉は詰め寄る。が、彼の憤りなど気にもとめない冷淡な声がそれを遮る。

「本質も見えていないのに答えばかりを求めるなよ」

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