キューティクル・フォース
来山は銃のように構えた右手の人差し指を怪しげな少年に向けたまま、言葉を続ける。
「最後に聞いておくんだが、大人しくついてきてはくれないかな? 明らかに怪しい君を放置できないことに変わりはないが、少なくとも今怪我をすることはなくなるよ」
「冗談」
少年は短く吐き捨てるように言って、来山の指先から逃げるようにジグザグと走りながら三人の警察官の元へと突っ込んでいった。
「っせねえよバカ!」
猛スピードで来山の前まで飛び込んできた少年の前に桜丘が割って入る。
「バカはそっちだ、ワンコ野郎。何回やっても一緒だよ」
桜丘は警棒を振り下ろしながら、少年の顔に亀裂が入るのを見た。そしてその中から、全く同じ表情をした少年の顔が滑るようにして出てくる。まるで爬虫類の脱皮のような光景を前に、彼は恐怖に似た感情が湧くのを感じる。
「下がってろ桜丘」
桜丘の警棒が少年に触れる寸前、来山の低い声と共に何かが桜丘の頬の真横を通り過ぎて少年の右肩を貫いた。
「……!」
脱ぎかけていた皮膚を元に戻して、少年は自身の右肩を押さえながら苦悶と戸惑いの入れ混じった表情を浮かべる。右肩に開いた穴からは赤い血液がポタポタと垂れ、地面に点を描いていた。
「おかしいよ。僕の『スキン』は銃弾なんか簡単に滑らせるのに」
瞬時に距離を取りつつも、動揺を隠せない声でそう呟きながら、少年は来山の方を睨みつける。対して、来山は涼し気な声でその呟きに返す。
「なにも不思議じゃない。俺が撃つのは弾丸なんかよりもよっぽど軽くて鋭いものだからな」
「くそっ! ワンコの分際で調子に乗んな!」
少年はつなぎのポケットからナイフを取り出すと、来山に向かって思い切り投げつけた。が、それは彼の元に届くことなく直喰の短警棒によって防がれる。
「調子に乗ってんの……多分お前だよ」
直喰は舌なめずりをすると、姿勢を地面スレスレまで低くした。その様子を見た来山は構えていた右手をポケットにしまう。
「直喰が本気になってくれるなら、もう俺の出番はないかな」
「あっそう、メス犬から先に死ぬんだね」
「喰い殺してやるよ……あたしがジキジキにね」
両者が地面を蹴る音が響いたそのすぐ後、地下街の地面の一部分が隆起し、二人の間から黒い糸状の網のようなものが出現したかと思えば、その網はその場で直喰と少年の二人を拘束し、それから少年だけを連れて地面に消えた。
「待ちやがれクソガキ!!」
黒い糸に縛られた直喰を受け止めながらも桜丘は叫び、来山は少年が消えた穴に急いで向かったが、既に少年の気配すらそこには残っていなかった。
来山は突如現れた黒い糸に、病院での愛中の話を思い返していた。
髪の毛のような糸が巻きついたかと思ったら、体から力が――。
「桜丘! 早く直喰の拘束を解け!」
「もう解いてますよ。でも」
来山の予感は当たっていた。黒い糸の拘束から解き放たれたはずの直喰は、青白い顔をして、気を失っていた。
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