キューティクル・セカンド

 来山の話を要約すると、次のような内容だった。


 昨晩、交番での業務を終えた愛中が寮に戻る道中、一人の女性が声をかけてきた。どうやら彼女は目が見えていないらしかったので、愛中は女性のいう場所まで彼女を案内しようと手を引こうとした。

 そして気づけば、愛中は意識を失って病院に運ばれていた。

 『髪の毛のような長く黒いものが足に絡みついたと思ったら、体から全部の力が抜けていた』、見舞いに行った来山に、愛中はいつになく真剣な表情でそう説明したらしい。


「それって、つまりその女は」

 話を聞いて、一葉はすぐに口を開いた。そして彼の言いたいことを、来山は既に察していた。

「ああ、間違いなくトレーダーだろうな」

 『トレーダー』、それはダストや千早のいうところの『BAD持ち』にあたる名称。BAD能力に目覚めた人間は、生前に所有していた『何か』を代償にして生き返る権利と異能を得るという特色があり、『何か』と『異能』を交換した人間という意味合いで、地上の人間がそう名付けた。組織の大半が地上の人間で構成された警察官の中では、BAD能力者はその呼び方をされるのが共通認識になっている。

「タイミングからして、例の廃人狩りとの関係もありそうだ」

 重い声で来山は言う。

「ったるいなクソッ! よりによってウチの警官を潰しにくるあたり、わかってる奴らのやり口だ」

「狙いは愛中くんだけじゃないだろうし、次はあたしらかね……」

 桜丘と直喰の口調には、微かな焦りの感情が混じっていた。しかしそれを覆い隠すほどの怒りも同時に込められているのを、一葉は確かに感じ取っていた。桜丘一と直喰簪は、後輩が闇討ちされて黙っていられるほど温厚でも、理性的でもない。一葉はそのことをよく知っていた。


「それで、来山さん。俺は、いや俺たちはその女を探せばいいんでしょうか?」

 冷静でないのは一葉も同じだった。愛中空音は一葉のパートナーだ。パートナーを失うということは、警察官にとって半身以上を失うことと同義である。そしてそれ以上に、この街は一葉の全てであった。街の正義として、不安の芽はひとつ残らず迅速に摘み取る必要があるのだ。

「いや、全員で探す必要はないだろう。愛中に聞いたが、ヒトヒラは既に廃人狩りを追っているのだろう? ならばお前はそっちを確実に捕らえるんだ。女の件は、俺を含めた他の三人であたるさ」

 来山だけは、この中で唯一冷静さを保っていた。それが分かっているからこそ、一葉も彼の指示には逆らわない。

「分かりました」

「っだらねえ捜査すんなら俺が代わってやるからな、ヒト」

 桜丘はそう言って、一葉の肩を手のひらで叩いた。彼なりの激励である。直喰は眠たそうな目を擦り、一葉に向かって右手をゆっくりと振った。これは彼女なりの激励である。

「ひとまず日中は二手に別れて捜索し、また夜に合流して経過報告をしてくれ。捜査方法及び対処は個人の判断に委ねる」

 ペットボトルの水を一口飲んでから来山は全員にそう告げて、桜丘と直喰を連れて交番を出た。


 残された一葉は入口と真反対の壁に向かっていくと、四回壁をノックしてから口を開いた。

「安良さん、調べてほしいことがあるんですが」

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