フライドブレッド・セブン

「ほらほら来てよ〜食べてってよお〜」

 午後七時。浮沈の太陽がほとんどその輝きを失いつつある地下街アンダーの一角に、珍しく人だかりができていた。まさに老若男女問わず集った群衆の中心には、かつてないほど忙しそうに風呂釜ほどの大鍋でパンを揚げるハジーの姿があった。


「本日限定バンズ揚げパン、一つたったの五十円だよ! 子供はハーフサイズをタダで持っていきなね。数量限定三百個だ! 無くなる前に早くおいでよ」

 次々と揚がっていくバンズに、これでもかと言わんばかりのきな粉が振りかけられ、周囲二メートルに黄色い粉が舞った。そして舞ったきな粉の粒子は風に乗って、また新たな客を店に誘った。

「忙しそうだね、ハジー」

 口の周りにきな粉を付けた千早が、ハジーの腰を肘で小突きながらいう。

「おかげさまでね」

「いいビジネスパートナーになれそうで俺は嬉しいよ、ハジー店長」

 ダストは千早の背後からぬうっと姿を現して、目を見ただけで分かるほどの笑みを浮かべた。

「まさか僕がハンバーガー屋のバンズを揚げパンにして売ることになるとはね。パン屋としては複雑なところだけれど、元手がかからないビジネスとしては大賛成だ」

 笑うハジーの額に爽やかな汗が光る。無理もない。二人と会話をしながらも、ハジーはパンを揚げ、客を捌いているのだから。


「そういえば、あのアルバイトはどうしたよ」

「ああ、粗方くんは十人以上の人混みを見ると吐いちゃうらしくて、ちょっと前に帰らせたよ」

「使えねえなあおい」

「まあいいのさ、人は適材適所で輝けば」

 そういうとハジーは接客に集中するために会話を切った。それを見たダストはポケットに手を突っ込んで、店の出口の方に体を向けた。

「いくぞおチビ、まだ仕事が残ってる」

「えっ? でも揚げパンがまだ……」

 指をくわえていじらしい顔をする千早の首根っこを掴んで、ダストは容赦なく歩き出した。

「分け前が減るような真似したらお前を揚げてやるからなあ、揚がらねえうちに行こうなあ」


 人ごみを掻き分けて外に出た二人は、ひとまずホームであるゴミ山へ向かう道を辿った。

 ぽつぽつと微かな街灯を渡り歩く道すがら、ダストはしぶしぶ後方を歩く千早にだけ聞こえるように呟く。

「どうもさっきから食えねえ臭いがしねえか」

 彼に言われて千早は後方に意識を集中させるが、食えない臭いという言葉の指すものは感じ取れなかった。

 しかし千早は警戒をやめない。ダストのこういう感知能力の高さは、自身が人の嘘を感知できるのと同じくらいに信用していたからだ。彼の目以外のパーツを見たこともない千早だが、悪を嗅ぎ分ける嗅覚においては、彼の鼻に勝るものはないと考えている。むしろ千早の不安の先は、その彼を持ってして『食えねえ臭い』と言わせる気配の、その推し量れない不穏さだった。

「昼間の警察のにいちゃん……じゃないよな」

「ああ、そもそもあいつに恨み節かまされる理由がねえからなあ」

 でもまあ、厄介さでいえばあいつと似た部類の臭いだなあ、とダストは笑っているようないないような、そんな曖昧な口調で続けた。

 千早は思う。いくらダストが悪人退治を好き好んでいたとしても、得体の知れないものを歓迎している訳では無い。むしろ彼はできる限りの確実性を持った上で相手と対峙するという、粗雑な言動とは裏腹な慎重性のある男なのだ。そんな彼にとってこの状況はどちらかと言えば望まないものであることは明白だった。

 気持ち早くなるダストの足取りに千早は気づくも、あからさまな言及はせずにペースを合わせた。


 ふと千早は浮沈の太陽を視界に収める。人口太陽は本日の役目を終え、まるで命が失われるみたいに、弱々しい光がプツリと途切れた。

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