フライドブレッド・シックス
いきなりの振りにおどおどとしながらも、粗方はゆっくりと喋りだす。相変わらず、視線は宙に泳がせたまま。
「僕もはっきり姿を見たわけじゃなくて……。鍵を開けて、厨房にこのポーチを取りに戻ったら、いきなり後ろから頭を……」
情報らしき情報もないあらかたの証言に、ダストは小さく舌打ちをする。その音に粗方は肩を竦めて怯えた。
「ダストさんたちは見たんでしょ? 奴の姿」
場の空気を入れ替えるようなハジーの問いに、ダストと千早の二人は揃って頷いた。
「見たよ。ハジーの言ってた通り、いやそれ以上に悪趣味な奴だった」
先程の男の被っていた皮や、カウンター下で見た人間の抜け殻を思い浮かべて、千早は顔を青ざめさせながら語る。
「でも、意外だなあ。二人が犯人を見ておきながらみすみす逃すなんて」
どこか嫌味にもとれる言い回しで、ハジーは顎を持ちながらそういった。それが皮肉に聞こえないのは、本当に彼が不思議に思っているのが口調ににじみ出ているからだろう。千早はともかく、このダストというゴミ袋男は、悪人を何よりも許さない性格の持ち主なのだから。
ハジーの疑問符に、ダストは毅然とした態度で返した。
「奴はおそらく、いやほぼ確定でBAD持ちだった。現時点では、自分の皮を自在に脱ぐことができる能力としか言いようがない。不確定要素を抱えたまま戦うのはスマートじゃないからなあ」
それに、と続けながら、ダストは千早の腰に携えられたポーチを見やる。彼の思惑を汲んだ千早は自慢げな表情でポーチの一つを腰から外して高々と見せつけた。
「それに、ほら。店の金は取り戻せたからな!『いらない』」
千早の口の動きと連動して、ポーチからそこそこの大きさのがま口財布が飛び出した。急いでハジーがその財布の口をこじ開けると、中には折りたたまれた紙幣がぎゅうぎゅう詰めにされていて、今にもはちきれそうだった。
「ええええ!? すごい! すごいや!」
喜びの悲鳴をあげながらハジーは紙幣の雨の中で踊る。ブレイクダンス、コサックダンス、社交ダンスにエトセトラ……。ダスト、千早、粗方の三人はその様を数歩離れた場所から眺めていた。
「ね……ねえ千早ちゃん。どうやって財布、取り戻したの。まさか泥棒が落としていったんじゃ……ないんでしょ?」
ハジーの舞踏を肴にピザトーストをほおばっていた千早の肩を軽く叩いて、粗方が訊く。口の中のパンをゆっくり飲み込んでから、千早はそれに答えた。
「簡単だよ。私もBAD持ちだから」
そういうと、千早はおもむろに右手の平を突き出して、踊りを続けるハジーの後方にある商品棚の方へそれを向けた。
「『ほしい』」
千早がそう呟くと、奥の商品棚に陳列されていたフランスパンが、ほとんど見えないくらいの速度で彼女の右手に吸い込まれた。表面のよく焼けたフランスパンを、千早はバトンのようにクルクルと回す。一連の現象を目の当たりにした粗方は唖然とした顔で口を大きく開ききっていた。
「ほらなっ」
「ほらなって……怖いくらいに便利だね、それ。目に見えるものならなんでも引き寄せられるの?」
笑顔を引きつらせながらも、粗方は質問した。千早はフランスパンの回転を止め、数秒考える素振りをしてから返答をする。
「いやまあ……」
「なんだあ粗方くーん。えらくBADに興味深々だなあ」
千早の声を、荒々しい介入で遮る。ダストは千早の持っていたフランスパンを奪い取り、一気に顔の袋の中にそれを突っ込んで平らげた。
ダストの突然の出現に粗方は怯え、咄嗟に千早の陰に隠れる。
「いや……その……」
「そんなに知りたいなら、一度死んでみるのがオススメだなあ」
両手を広げて、まるで挑発をするようにダストはいう。死ぬ? 粗方はダストの発言を受けて、小さくそう呟いた。
「あれ、粗方くんは知らなかったっけ?」
二人の会話に割り込む形で、ひと通りの踊りを終えたハジーが発言する。粗方は彼の問いに対して、微かに頷いた。
「ここ、アンダーで死んだ人間の中でもほんのひと握りの人間にしか発現しない異能力、それがBADだよ。そしてBADが発現することなく自我を失い、人として死ぬことすら剥奪されたのが、いわゆるドリーマー、人食いの悪夢さ。といっても廃人通りの連中みたいに、ドリーマー化しても自我を残したやつらもいるから、明確な定義付けは難しいんだけどね」
ハジーの丁寧な説明に、粗方は難しげな顔をしながらも理解に至ったらしく、彼はダストと千早の方に視線をやってから、生唾をごくりと飲み込んだ。
「そうそう、だからこの二人は一回死んじゃってるのさ」
二人の肩を叩きながら、お気楽な声でハジーがいう。
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