フライドブレッド・フォース

「『いらない』」


 尻もちをついていた千早も二人の攻防に慌てて体制を整える。ダストとは対照的に太い木の柄を握って、スコップの先を床に突き立てた。

 子供? 千早は男を見て思わずそんな感想を持つ。しかしそんな感想は、すぐに彼方に消え去った。


「お前、ここのやつと……」


 男の姿は服装までまるっきり、先程彼女が見た人間の抜け殻と同じものだったのだ。


「見たかい? 女の子に見られるのはちょっと恥ずかしいなあ」


 心にもないようなことを言ってから、男は近くに陳列されていたパンを適当にとって齧る。


「んまいね、これ」


「一つ聞いておくが、今朝この店から金を盗んだのはお前でいいんだよな?」


 男のふざけた態度を一蹴するように、ダストが肩を鳴らしながら尋ねる。少しだけ眉をひそめてから、つなぎの男は答えた。


「ああ、そうだよ。でも僕は悪くない。あの店主が寝てたから、貰っていっただけさ」


 そういうと男はつなぎの後ろポケットから何かを取り出して頭に被った。


「……なんだよ、それ」


 それは、男自身の顔の皮だった。


「なんだよってお嬢さん、僕の顔の皮さ。それ以上でもそれ以下でも、ましてや他人の皮でもないぜ。他人の皮なんて、気持ち悪くて触れたもんじゃない」


 千早は目の前の異質に、言葉を失った。少なくとも、彼は今まで出会ったどの人間とも違う、理解し難い何かを胸に飼っているように思えた。


「理解しなくていい。俺たちはこういうつまんねえ悪もんを叩き潰すだけのヒーローだからなあ」


 ダストの言葉に、千早は怖気づいていた気持ちを少し立て直す。


「酷いこと言うなあ、ゴミ山のゴミ袋」


 言いながら頬をかく男に、千早は反射的に問いかける。


「ダストを、知ってる?」


「いやいや、君のことも知ってるさ。死んだ親の代わりにこのゴミ袋に育てられた、哀れなみなしごちゃんだよね?」


 もう一口パンを齧り、挑発的な笑みを浮かべて男は答える。


「本当に可哀想だよ君。ゴミ袋が保護者ってどんな気……」


 千早が男に飛びかかろうとした瞬間、男の顔面を黒い影が殴り飛ばした。かに、思えた。


「なんだよゴミ袋〜。……ノリ悪いな、お前」


 ダストが振り抜いたバッドは男の顔面を見事に捉えていた。が、結果として店の壁に飛んでぶつかったのは、男が被っていた顔の皮だけだった。

 想像していた手応えが無かったことに、少しだけダストが動揺しているのを千早は感じる。そして同時に、今何が起きたのかを彼女は必死に考えていた。


「じゃあ次はこっちの番、かな」


 そう言い終わるかどうか、というタイミングで、男は手に持っていた角材を千早に向かって思い切り投げつけた。


「はぁっ!?」


 不意を突かれはしたものの、なんとか千早はスコップでそれを弾き飛ばす。

 武器を失った男は真っ先に二人が入ってきた扉に向かって走り出すが、その前にはダストが回り込んでいた。


「鬼ごっこ得意そうだね、あんた」


「お前は随分下手くそだなあ!」


 今度は顔面ではなく、男の腹部を薙ぎ払うようにして、ダストはバッドを振った。狙った通り、バッドは男の両腕と腹部にめり込んで、はいかなかった。

 するん。

 先程と同じく、宙を舞うティッシュに素振りをしたような感覚が空を切る。


「残念だけど、僕は捕まったことがないんだ」


 二人にそう言い残すと、男は半開きになっていた扉から出ていった。


「ああん!?」


 己のバッドを凝視してダストが叫ぶ。男がすり抜けていったあと、ダストのバッドに巻き付いていたのは、つなぎ姿の人間の皮だった。

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