フライドブレッド・ファースト
「にしても、白髪の長身ってことくらいしかヒントがないのはキツイな……」
鵜鯉から伝えられた廃人狩り骨奪いの特徴に該当する人物がいないか、千早は顔を右へ左へと振りながら眉を寄せていた。
「まあ、人を殺しておいてこんなまっ昼間にのんびりお散歩できるやつなら、そりゃあ相当に厄介だ」
ダストはポケットから右手を出して、例え話をするように手のひらを空に向けた。
「それもそうだけどさ」
厄介なら何故そんなに嬉しそうにしているんだ。千早はそう言いたい気持ちをぐっと抑えた。
二人が廃人通りを抜け、元いたゴミ山まであと百歩と十一歩くらいのところで、か細い悲鳴のような声が後ろから二人を呼んだ。
「ダストさ〜ん! 千早ちゃ〜ん!」
振り向いた時には、既に声の主はそこにいた。肩で息をしながら、その青色の瞳は落ち着きを失って揺れ動いていた。
「よお、ハジー」
葉鹿唯希。ハジーと呼ばれるその男は、経営するパン屋、バンキングブレッドの公式グッズ、きなこ揚げパンエプロンを身につけていた。彼が店以外でその格好をしている事に、千早はいち早く違和感を感じた。
「ハジー、もしかしてずっと私たちを探してたのか?」
まだ整いきらない息を大きく吐いてから、ハジーは応える。
「ああ、そうなんだ。二人にしか頼めないことが、あるんだよ」
「それはまた、クズの匂いがするなあ」
両手をすり合わせて、愉快とでも言わんばかりの声色でダストは言う。
「実はね……。店の一切の売り上げが盗まれちゃって、このままだと明日から食パンも焼けやしないんだ」
「えええ!? じゃあ、揚げパンも食えないのか!?」
千早は瞬時に絶望の表情を浮かべた。何を隠そう、バンキングブレッドのきなこ揚げパンは彼女の大好物なのだ。もっというと彼女は、ハジーの作る揚げパンに対して恋愛感情に近いものすら抱いていた。好きが講じて、いや捻れて、地下ネット上に揚げパンファンクラブなるものを発足し、あまりの会員の集まらなさに枕を濡らしたあの夜のことを、千早は死んでも忘れないだろう。
「なんで……揚げパン……ああ……」
自然と頬を伝う涙を拭うこともしないまま、千早は落胆のあまりその場に倒れ込む。繰り返すが彼女にとって揚げパンとは、恋人のようなものなのだ。
「その盗っ人が来た時間と、そいつの特徴は」
地面に溶けてしまいそうな千早の襟元を掴んで持ち上げながら、ダストは重い声で尋ねる。
「時間は朝の八時をちょっと過ぎた辺りで……特徴、というのも。あまりにも特徴しかないというか」
何度か言い淀んで、ハジーは続ける。
「その男は、人の皮膚で出来たマスクを被っていたんだ」
彼が恐れを多分に含んだ言い方をしたことも手伝って、その場の空気が凍りつく。
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