ポリスメン・セカンド

 十二時三十分。昼休憩の終焉を告げる無機質な鐘の音と共に、警察官はそれぞれの持ち場に戻る。一宮一葉がまだ持ち場である三番街の地下交番に戻っていないのは、先程の騒動についての取り調べを受けていたからに他ならない。やっとのこと事情聴取を終えた一葉は鉄製のドアを開け、地下警察署の廊下に出た。

 するとそこには、肩くらいまで伸びた髪を揺らしながら意地の悪い笑みを浮かべた青年が彼を待ち受けていた。彼は一葉より十センチほど低い視点から物申す。


「警察官が取り調べって、ウケるじゃん」


 じゃん。一葉は目の前の青年の語尾を脳内で繰り返す。その青年は少女のように可憐な見た目とは裏腹に、他人が不幸になればなるほどその屈託のない笑顔に磨きをかける。そんな人物だった。


「なんでいるのさ、愛中」


 一葉の問に、愛中空音は体を反転させ、後ろで組んだ手を見せるようにして答える。


「僕は一応、ヒトヒラの相棒って立ち位置だからね。それに君を迎えに行ってこいって、メガネ山がうるさいし」


「余計な世話だな」


「余計な粗相を頻発してる君にいわれたら、さすがのダメ親分も報われないじゃんよ」


 真面目に言っているのかどうなのかいまいち掴めない口調のまま、一葉の四歩前を愛中空音はスキップするように跳ねていた。気味の悪いやつだ。今しがた取り調べ室から出てきたばかりの自分をすっかり棚にあげて、一葉は思う。


 アンダーとは、何処も彼処も一室の延長線みたいなものだと誰かが言っていたのを、一葉は頭の中で再生する。しかしそれは彼にとって今ひとつ納得がいかない。

 確かにアンダーは完全なる地下施設で、地上でいう小国一国分程あるであろう敷地内のどこに行こうが太陽の光は届かない。だがその中には確かに家があり、ほぼ個人経営ながら公共の施設があり、子供がいて営みがある。曲がりなりにも歴史が築かれているこの地下街を一つの部屋と言い換えてしまうのはあまりにも盲目かつ傲慢なのではないかと思うのだ。少なくとも一宮一葉という人間は今、かつての孤児院の中にはいないのだから。


「そういえばヒトヒラ、骨奪いって知ってるかい?」


 骨奪い? そう一葉が聞き返すと、待ってましたとばかりに愛中は言葉を続けた。


「今絶賛話題沸騰中! ろくでなしから人気絶頂中の廃人狩りさ! もっとヒトヒラは新聞とか読んだ方がいいじゃん?」


 一葉は見なくても、愛中の人差し指がピンと立っているのが分かった。何か提案する時、いつも彼はそんなふうにジェスチャーを付けて話すのだ。そしてそれは実際のところ、押し付けに近い意味合いを持つ。


「とにかくさ〜、あんまり小悪党に増長されんのは不愉快なんだよな」


 一葉はなんとなく、愛中が何を言おうとしているのかを察した。


「だからヒトヒラ、そいつ捕まえてぐちゃぐちゃにしちゃってよ」


 まるで飲み物でも買ってきてと頼むように軽く、愛中空音は廃人狩りの検挙を依頼した。

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