ポリスメン・ファースト
一宮一葉は地下街アンダーを管轄する警察官である。それと同時に、彼はアンダー出身の元孤児である。
アンダー出身であることと警察官であるということをイコールとするには、厳格かつ厳正な国の審査を受ける必要があり、彼が今に至るまでに積み重ねた努力はまさに筆舌に尽くしがたいほど壮絶なものだった。といっても、当の本人にとってそれが苦痛であったかといえば、断じてそんなことはない。
十一時三十分、それはアンダー勤務の警察官の昼食時間。なぜ少し正午より早いのか、それは壁に貼り付けられた格言、「人から何かを奪うのはいつだって満ち足りたい奴だ」に基づく。要は人間が慣習的に食欲という欲を満たす正午というタイミングこそ、悪行に対して警戒の目を張るべきなのだという論理である。それが勘違いかどうかは、実はさして重要ではない。彼らは過剰に意識することこそに意味を見いだしているのだ。
「また二番街でBADが出たんだと」
「そろそろ共食いも辞めてもらいたいよ」
「掃き溜めの連中に秩序を求める方が間違っているのかも知れんがな」
「それもそうだ。いっそのこと全部お掃除してやればいいんじゃないか?」
それは名案だ。片方の男がそういったのを皮切りに下卑た笑い声が室内に響く。そしてそれはその男達の前列に並んでいる一宮一葉の耳にも当然入る。
今日の昼食は彼の好物であるチキンカレー。皿からはみ出さんとばかりに並々と盛り付けられたそれを、一宮一葉は恍惚とした表情で見つめる。食事という時間を、一宮一葉という人間は何よりも愛している。ただ彼にとって不服なのは、不快な話題でスパイスの臭いを邪魔する下品な警察官二人の声だった。
「おい、またヒトヒラがキレてるよ」
「ったく、誰だよあの化け物のかんしゃく玉に触れたのは」
「今のうちに避難しとくに限るな」
配膳されたトレイを机に置いて一直線に歩き出した一宮一葉の姿に、有象無象の声が重なる。
「やあ君たち」
爽やかな青年。初めに一宮一葉を見た人間の殆どは彼に対してそんな印象を持つことだろう。事実彼は容姿も整っているし、先述した通り人並み外れた努力によって得た技能は文字通りどの集団においても頭一つ抜けている。
ただ、一つ彼の欠点を挙げろと言われれば、悲しいことに彼を知る人間誰一人それを答えあぐねることはないだろう。
「カレーにはヨーグルッペが合うんだと、君たちは知ってたかい?」
食堂に響き渡るほどの声量で笑っていた警察官二人組の大きく空いた口に、同じく大きな紙パックが押し込まれる。一宮一葉は左右の手に持った乳製品飲料を彼らの口の中で握り潰した。当然許容量を越えた彼らの口内からは噴水宜しく純白の虹がかかる。
キレやすい。それが彼、一宮一葉の唯一無二の欠点であった。
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