ハンバーガー・サード
地下街に太陽は登らない。代わりに朝を告げるのは、ゴミを寄せ集めて作られた太陽の模型、通称『浮沈の太陽』。地下街の太陽は、登らないので沈まない。簡単な話だ。
早朝五時、普段通り浮沈の太陽がゆっくりと登っていき、安っぽい灯りが地下の偽物の空を照らし始める。
このアンダーにおいて、時計の指す時刻だけは地上と同じだった。といっても、太陽光を浴びていない地下の住人の体内時計はデタラメなので、律儀に夜に寝て朝起きる人間の方が少ないくらいなのだが。
「起きろチビ。喜ばしい朝がやってきたぞ」
薄っぺらい布地の中で、千早は重たい瞼を薄く開ける。まだぼやけた視界のいっぱいに、黒いゴミ袋と不気味に開いた眼球二つが映った。
「真っ暗だよゴミ野郎!」
渾身の力で千早はダストの顔面に頭突きをする。寝起きの良い方ではない彼女にとって、これ以上ないほど不快な目覚めだった。そしてやはり、ダストは何事もなかったかのように自分のスニーカーを磨きはじめた。
「このゴミ袋は普通に起こすこともできないのかよ」
聞こえると面倒なので、千早は薄く薄く文句をこぼしながら髪を後ろで一つに纏める。
「まあはしゃぐことくらい許してくれ。早朝の人助けほど有意義なこともないのだからな」
無駄に耳がいいダストの言葉に、千早はなにもいい返さなかった。彼女はなぜこのゴミ袋男がこんな時間から動き始めるのかを理解していたからだ。
ダストがスニーカーを磨くのは、これから人に会うというサインだと、千早は知っていた。ふと彼女が目をやった先に、昨日の男の死体はやはりもうなかった。
千早は昨日砂埃や血やらで汚れてしまった服を脱ぎ捨て、無造作に干された大きめの半袖シャツに着替えてから、黒いスキニーをくたびれたデニムに履き替えた。靴は昨日のまま、黄色いスポーツスニーカー。彼女は靴の好みにうるさく、中々気に入った靴に出会えないのが悩みの一つだ。
ともあれ、目覚めてから十分ほどで彼女は支度を終え、それを見たダストはポケットに右手を突っ込んだままゴミ山から歩き出した。彼の二歩半後ろを、千早はついて歩く。
靴以外の見てくれをガラッと変えた千早に対して、相変わらずダストは薄汚れたスーツ姿のままだった。スーツは所々に穴が空いており、前のボタンは全部外れてどこかに消えてしまっていた。もうわざわざ言うまでもないかもしれないが、千早が靴にうるさいのと同じくらいに、彼はスーツの好みにうるさい。
しばらく早朝の地下街を歩いた二人は、二人の家であるゴミ山から三百メートルほど離れた、人目につかない路地裏の大きなマンホールの前で足を止めた。
「チビよ」
「うるさいゴミ男。……『いらない』」
千早からパールを受け取ったダストはマンホールの隙間にそれをねじ込み、滅茶苦茶な力で厚い銅の蓋をこじ開けた。真っ暗な空洞に僅かな光が入り、下に続く梯子が顔を出した。
「毎度手間かけるよなあ、鵜鯉じいは」
文句を垂らしながら梯子を降りていくダストの後を、千早はやはり梯子二段半分遅れてついて降りる。蓋は開けっ放しになってしまうが、この辺りにわざわざマンホールの中まで強盗を企てるフレッシュな思考の人間はいないので構わない。
一段一段、梯子を確かめながら二人は暗闇の中に沈んでいく。
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