以前、ルゥにこの街や冒険者の仕事について教えていた時、長くやっていればその冒険者が昇級することはあるのか、と質問された事がある。

 答えは否。いくら長くやっていても冒険者の実力が低ければ昇級することはない。昔はあったらしいが。


 冒険者のランクには当然だが基準があり、その冒険者の実力に応じてランクが上がる、と言う仕組みになっている。どれだけ長く冒険者をやっていてもその冒険者の技量が低ければランクは変わらないということだ。

 つまり、俺が10年も冒険者をやっていてずっとEランクなのは俺自身に驚くほど能力が無いからないだな!ハハハ!……笑い事じゃねぇんだぞ。


 勿論このシステムにはちゃんとした理由がある。


 今は笑い話として知られているが、夢を見すぎて現実を見れなかった若い冒険者が欲を出して高難度のモンスター討伐に向かい、二度と帰らなかった話や、逆にベテランの低級冒険者が先輩風を吹かせて自分のランクに見合わないモンスターを倒しに行って星になった話など、このシステムが設置される前は実際良くある事だったらしい。そういった未来ある若者や長くやっている経験者の命を落とさせないための救済措置ってことだ。


 つまりここまで言った事を纏めると、年功序列的なモノを求めて冒険者になろうとしない方がいい、ということだ。どれだけ歳を食おうが実力が無ければ才能のある若い奴に追い抜かれ、舐められる羽目になる。……俺か?まあ、色々手を尽くしたが一向に強くならなかったし、一応街の奴らの信頼とかに関しては他の奴よりはあると思ってるし、Eランクとはいえ一応安定はしてるし、舐められる事は無いと信じたい。……うん、これはいわゆる老害と言われるタイプじゃないか?しんどくなってきた。


 ちなみに何故この話をしたのかというと、たまに明らかに俺の様な低級冒険者に見合っていない、関わってはいけない事に自分から首を突っ込む時があると言う事だ。



「やあ、まだ浅いけど良い夜だね。来てくれて嬉しいよ。今日もボクの話し相手、頼むよ?」


「何が来てくれて嬉しい、だ。しばらく来ないと暴れると脅したのはお前だろうが。街ごと更地にする気か?」


「おや、覚えてくれているんだね。人にとっては結構昔の事だと思っていたのだけれど。まだ君が20越えていない頃の話だったね」


「忘れたら滅ぶからな。多分街ごと」



包み隠さずに言うと現実逃避だ。コイツは俺が対応していい相手じゃ無い。絶対勇者か何かが必要だ。









________________










「んじゃ、なるべく短めにしてくれ。遅すぎるとルゥが泣く」


「全く、ボクと2人っきりの状況でよく他の女の名前が出せるね?これでもボクは絶世の美女として伝説に残っているんだよ?」


「10年近くも関わってて何が他の女だ阿呆らしい。伝説だかなんだか知らんし、そもそも性別以前に人じゃ無いだろがお前。」


「つれないなキミも」



 少し闇が深くなった森の中で、俺とオッドアイの少女、ラウムは切り株に腰掛けながら話を始める。当然森の中に照明などなく、何も見えない筈なのだが、何故かラウムと俺の周りだけは明るくなっている。ラウムが何かの力を使ったのだろう。もう慣れたが。


 出会った最初の頃はラウムの様子を確認するために10日に1回ほど、自分から森に向かって会話をしていた。慣れてからは頻度が減っていったが、何を思ったか今度はラウムの方から顔を出さないと怒ると脅された。最初の頃はかなり鬱陶しそうにしていたのに頻度が少なくなると拗ねるとか子供か。


 あとコイツの怒るは伝説の神々の怒りレベルなので洒落にならない。以前コイツの怒りに触れたモンスターがいたのだが、文字通り消し飛んだ。



「こんなに可愛い子が近くにいるのに動揺一つしない事を責めているんだよボクは」



ラウムは唐突に俺の膝に座った。森の香りとどこか不思議な香りが鼻をくすぐる。



「おい」


「いいじゃないか減るモノじゃないし。それに……他の女より、10年近く関わっているボクが君を1番知ってる」


「なんだ?そんなに気になるのか?……関わった長さでいったらそりゃお前の方が長い、それ以上もそれ以下もねぇよ」


「フフフ、それは嬉しいね」



……相変わらず掴みどころの無い奴だな、ラウムは。今こそ銀髪の美少女の見た目だが、いつ元の姿になって食われるかわかったもんじゃない。結局10年間、コイツは何故ここに来たのかとか、ここに来る前は何をしていたのかとか、自分の過去に関する事は全部はぐらかし続けている。……まあ、言いたくないって事なら深くは聞かないが。




 10年前、冒険者になって間もない俺が森で迷った時、に出会った。


ソレは形容し難い形をした黒いナニカだった。

ソレはとても弱っていた。今にも消えそうな程。

ソレはモンスターに襲われていた。モンスター自体は弱かったが、抵抗できる気力すら無かったんだろう。

そして……ソレは助けを求めていた。

 当時、まだガキもいいところだった俺は何を思ったかモンスターを撃退して、その明らかにヤバそうなモンスターを助けてしまった。正義感か、英雄願望か、憐れみか、はたまた全てか。今となっちゃ憶えていない。

 そしてその夜、俺が森で野宿しているときにソイツは現れた。銀髪の美少女になって。



「美少女だなんて、照れちゃうな」


「あの思考を読むのやめてくれるか?あとお前のそれはガワだろうが」



 ……まあそれから色々あって今に至る。正直冒険者になりたての時は軽く黒歴史だから思い出したくない。まだあの頃は夢みがちだったんだ。というか夢しか見てなかった。数年冒険者やって才能がない事に気付いて絶望したが。


 種族不明の異形であるラウムだが、精神に関してはまるっきり人外というわけではない……と思いたい。俺の話に共感したりとか、嬉しさとかを感じたりとか俺達人間と多少似通っている部分は持っているようだし。まあ演技だった場合はそれまでだけどな。


 あと残念ながら可哀想などの憐れみの反応は持っていないご様子だ。試しに俺が死んだら悲しいか?と聞いた事があったが、とても嬉しいと返って来て、やっぱコイツ人外だわと思った。



「それにしてもキミと出会ってもう10年か。時が経つのは早いな全く。輝く少年だったキミもすっかりやさぐれてしまった」


「うるせぇ!余計なお世話だ!」



 こうして何年も会って話しているが、こうしてコイツから話を切り出す事は珍しい。基本は俺が持ってきた話に相槌を打ったり、質問を返したりする形なのだが、やはり10年という節目に何か思うところがあったのだろうか。言い方は腹立つけどな。








________________







「__とまあ、最近の出来事はこんな感じだ。時間も経ったし俺はそろそろ帰る」



その後はいつも通り他愛ない事を話し、俺は時間を確認して膝のラウムをどかして立ち上がった。



「ボクをモノみたいに扱わないでくれるかい?……うん、実に名残惜しいけど仕方ない。次会う時楽しみにしてるよ」


「四六時中俺の影から覗いておいて何言ってんだか」


「それがボクの趣味だからね……ああ、最後にいつもの助言だよ」


「……好きなのか?それ」


「君にあまり時間を取らせないためにこういう形をとってあげてるんじゃないか」



その最後の意味深な発言に散々悩まされてきたんだよ俺は。いつも細かい説明は省きやがって。



「君の『権能』が付いたのは喜ばしいけど、気を付けた方がいい。大きすぎる力は自分の身を滅ぼすからね。……それじゃ」


「……?それは一体どういう意味__」



声を掛けようとするも、気が付くと既に森には誰も居なくなっていた。……ったく、また詳しい事は言わずに消えやがって。しゃーない、今この場所で悩んでも意味がないし帰るか……








________________









「お前は……」


「何故助けた?お前から見ればボクも、襲ってた奴も、同じモンスターだったろう?」


「……助けを求めていた気がしたから」


「このボクが?ありえない」


「だったら俺の思い込みだ。俺にはそう見えた」


「ふん、英雄気分かい?死にかけの異形を助けて、悦に浸る……なんとまあ、人間が好きそうな事だ」


「お前は……人間に何かされたのか?」


「ああ、斬られ、焼かれ、潰され、凍らされて飛ばされた。思いつく限りの事はやられたよ」


「そうか、じゃあ俺が言う事は何もない」


「……何?」


「お前は人間に酷いことされたんだろ?それで人間を憎んだ。復讐したいと思うのは当たり前の事だ。俺はお前が話せるとは思って無かったが……助けてしまった以上、止める事はできない」


「お前が助けたせいで、死ぬ命があったとしてもかい?」


「それが、あの時お前を見捨てる理由にはならない。……死人が出るのは辛いけどな」


「……もういいさ、そんなに綺麗事が言いたければずっと言っていれば良い。どうせ今は復讐する力なんて残ってないしね……そうだ、決めたよ。ボクはこの森で力を取り戻す事にしよう。その間……お前でも見て暇を潰そうかな?」


「おい」


「フフフ、一体誰を助けてしまったのか、君に嫌というほど教えてあげよう」








________________










「思い返せば随分と攻撃的だったなぁボクも。まあほぼ初対面だったから仕方ないけど、もし昔のボクと会ったら確実に殺し合いになるね」


「それにしても……ネズミが随分と増えたね。しかもただのネズミじゃない、『権能』まで与えられる奴までいるなんてね……」


「まあ彼はボクのモノじゃないし、とやかくは言わないけどね。最後にボクの手にいてくれたらそれでいい」


「異形のボクが見るにはあまりに似合わなくて、馬鹿馬鹿しいと自分から切り捨てていたけど……果たしてボクは以前から望んでいたんだろうか。『英雄』を」


「まあいい、なんであれボクにとっての『英雄』は見つかった」


「ボクはここで見守るよ。君が死ぬまで。そして死んだら、ここで暮らそう。この森の深淵で、誰にも知られず、永遠に2人っきりで……」


「君は色んなモノを見てるけど……ボクはもうキミしか見えてないよ?ノイン」



異形は愛でるようにその名を呼んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る