運勢
「ん?……朝か……」
窓から差し込んでくる陽の光に目が覚め、朝が来た事に気が付く。いつもはエプロン姿のルゥが朝食を作った後に起こしてくる__なんだか凄く情けないので一度断ったのだが、珍しく折れないルゥによって結局こうなった__のだがどうしたのだろうか。
むにゅっ
「ふぇっ」
「……ん?」
……今、起きようとしてベッドに手を付けたが、何か柔らかいものに触ったような気がする。何が起こったのかとまだ覚醒しきっていない目を開けてみると__
「ご、ご主人、様。今日は、朝食、よりも、ルゥを、お望み、ですか?こ、心の準備が、まだ、で……!」
顔を真っ赤にして震えているエプロンを着たルゥの姿があった。……状況を見るに、起こしに来てくれたのを俺が引きずり込んだのだろう。無意識の内に。
「……さて」
どう土下座したものか。
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「……最悪だ」
あの後、土下座して動かない俺に慌てたルゥが、このままでは遅刻してしまう、と弁当を渡して謝罪を強制終了させた。家から見送る時に残念そうな顔をしていたのは俺の冒険者としての仕事を優先させるために謝罪時間を少なくした所為だろう。帰る時に色々買ってこよう。
「全く最近ツいてねぇなぁ……」
雨が降っているギルドまでの街中を歩きながらそう独りごちる。そう、最近不幸な事が多い気がする。風が吹いてよろめいた人を偶然俺がキャッチして、引かれた事(よりにもよっていつも話す女性連中に)とか、採集クエスト中に植物の変異種が襲って来たり(幸い弱かったので倒せた。報酬はいつもより多かった)とか、頭に何処からか飛んできた金貨がぶつかり悶絶したり(何処にも所有者らしき姿は無かったので迷惑料として仕方なく貰った)とか。不幸なのか幸運なのか微妙なラインを攻めてくる。一応女性陣の件については完全な不幸だったが。
「それにしても……寝ている内に無意識にとか、盛りのついたガキじゃあるまいし。知らない間に相当溜まってるんのか……?」
もしかしたらあるのかも、知れない。もしかしたら。
よく俺に話しかけてくる娘ども、何故関わってくるのか分からんくらい全員顔が良いし。いや、それでもあいつらをそういう目で見るのは……いかん、考えれば考えるほど自分に嫌気が差してくる。20半ばの奴が何こんな事真剣に考えてるんだ。
ちなみに昔アッチ系の店に行ったことはあるのだが、何故かイオに一瞬でバレたことがあってから一度も行ってない。あの時の凍りついた目を未だに忘れられないからな。
「とはいえ彼女なんていねぇしなぁ……」
「彼女いないの?お兄ちゃん?」
「……ああ、そうさ!いねぇよ!どうせ俺なんか一生……って、フラムか。どうしたんだ?」
今凄まじいダメージを心に食らった気がするが、どうやら勘違いだったらしい。
俺を呼ぶ声がした方向には賽子の髪飾りをした黒髪の少女、フラムが心配そうな様子でこちらを見ていた。いつもの白と黒を基調としたドレスが雨に濡れないよう屋根がついたベンチに座っている。
まだ少しクエストを受けるまで時間はあるので、俺はフラムの隣に座ることにした。
「大丈夫?お兄ちゃん、辛そうだったよ?」
「ああいや、フラムが気にするような事じゃない。ありがとうな」
「……むぅ、また子供してる。フラムはもう子供じゃないもん!」
「そう言っている内は子供さ」
怒るポーズをするフラムに背伸びしている感じがして思わず笑ってしまった。
フラムと他愛無い話をしているとさっきまで話していた事がどうでも良いことに思えてきた。さっきより元気も出てきたし、フラムには感謝しかない。それはそれとしてお兄ちゃん呼びは勘弁してくれると嬉しいな。言っても聞いちゃくれないだろうが。
「それで、俺に話があったんじゃ無いのか?」
「うん……前にお兄ちゃんに、占いしたでしょ?あれから良い事があったのか、わたし知りたくて」
「ん?ああ、あの賽子の占いか。そうだな……」
最近の出来事を振り返るも、正直、良い事があったとは言い難い。だが、悪い事ばかりでも無かった。どっちつかずで非常に判断に困る、というのが率直な俺の感想だ。それをそのままフラムに伝えるのもどうかと思ったが、占いの精度を確かめているのだったらしっかりと感じた事を言ったほうが良いだろう。そう結論付けて俺は口を開き__
ガタンッ!!
「フラム!」
「きゃっ!?」
唐突に雨を防いでいた屋根が壊れ、フラムに降って来た。フラムが避けるのに間に合わないと判断した俺は、押し倒して覆い被さった。フラムの華奢な体になるべくダメージが入らない様に片腕を回して地面から守り、もう片方の腕で屋根から守る。着ているドレスが濡れてしまうのは許してくれよ。
幸い屋根は軽い木で出来ていて、背中に衝撃はあったものの怪我するほどではなかった。勿論濡れた屋根が背中に落ちたのでびしょ濡れだが。
「お、お兄ちゃん……大丈夫……?」
「ああ、俺は大丈夫。無事か?」
「うん……」
少し起き上がってフラムも怪我は無いようだし良かった。俺が倒したせいでフラムが怪我してたら申し訳ないどころの騒ぎではない。一生かけて償わなきゃならん。
しかしフラムは泣きそうな顔で謝って来た。
「……ごめんなさい。わたしが占わなかったらこんな事にはならなかったのに……」
「占い師には悪いけどな、そいつの運勢なんて行動次第で変わるもんだ。フラムの占いがあろうと無かろうと、今俺が無事だったから問題ないさ。もしかしたらフラムの占いのお陰で無事だったかもしれないしな」
「でも……」
「気にすんな。それでもまだ気にするって言うなら、将来占い師になった時、一回タダにしてくれ。これでいいだろ?」
「……そんなので、いいの……?」
「ああ」
まあ将来有名になる事がほぼ確定している子の占い一回無料はかなり大きい気もするが。図々しいとか言われて将来訴えられたりしないよな?
「……またお兄ちゃんに助けられちゃったね」
「俺みたいな年上が出来る数少ない事だからな。立てるか?」
「うん、ちょっと残念だけど、これ以上は贅沢だよね?」
「ん?」
どう言う意味だ?……あれ、そういえば俺はフラムを押し倒している状況だったな。これって何も知らない第三者からしたら少女に何かしようとしている相当ヤバい状況に見えているんじゃ__
「……大きな音が聞こえたと思えば……ノインさん?一体どういう状況ですかこれは?」
「……」
この鈴の音の様な声は知っている。我らが受付嬢のソフィアだろう。しかし、何処かいつもと雰囲気が違う。まるで何か後ろに巨大なモノが見え隠れしている様な、そんな印象を与えてくる声だ。
急いで立ち上がり、両手を上げる。降参のポーズだ。
「……待ってくれ、これにはちゃんとした理由が」
「少女を押し倒している事にちゃんとした理由があるとは思えないですが、とにかく話は……ギルドで聞きましょうか?」
なるほど……占いは当たらないらしい。
_________________
「ごめんなさい、ごめんなさい、こんな事になるとは思ってなかったの」
「お兄ちゃんに起こる悪い事は、良い出来事で消せると思ったの」
「結局お兄ちゃんに迷惑かけちゃった。わたし、お兄ちゃんの役に立ちたくて……」
「でも、これでお兄ちゃんへの代償は無くなったから」
「だから……受け取って?わたしの『気持ち』」
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