クエスト
俺が嫌いなものは何か。こう問われると俺は色々と思い浮かぶ。遠征に行った時のクソ不味い非常食とか、対処が面倒なモンスターとか、採集クエストが誰かに取られた後のクエストボードとか、いつまでもストーカーをしてくる影とか。最後の奴は嫌いというか怖い。
だが、数ある中でズバ抜けて嫌いな事が一つある。
「ノインさーん!貴方にピッタリの素晴らしいクエストがあるんです!受けてみませんか?」
「俺にピッタリなクエスト?ある訳無いだろ。あっても胡散臭くて受けられるかそんなん」
「即答っ!?」
__怪しいクエストだ。
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朝のギルド。いつものように俺はいくつか採集クエストを取って受付に持って行ったのだが、それを受け取る前に受付嬢のソフィアが嬉々とした様子で俺にクエストを持って来た。俺にピッタリなクエストがあると。
当然俺みたいな下級冒険者にそんな上手いがある訳無いと一蹴したのだが、ソフィアは尚も食い下がって来るのでそのまま話だけ聞くことにした。
「……それで、俺にピッタリなクエストってのは何なんだ。悪いが採集以外に役に立てる事は何も無いぞ」
「ふふふ……そう言うと思ってこのクエストを作っ……じゃなかった、持って来たんです。貴方に受けてもらいたいクエストは__謎の植物の『調査』クエストです!場所はいつもノインさんが採集をしている『イルムの森』ですよ!」
「謎の植物?……しかも採集じゃなく、調査か?」
内容の意図が分からないクエストに首を傾げる俺に、ソフィアは話を続ける。
「実は冒険者が森の奥に未確認の黒く輝く植物がある事を確認したらしく、その調査にギルド職員が対応することになってたんですね。しかし、かなり奥にあるので道に迷ってしまう懸念があったため、調査は保留になっていたんです。ですがそれなら森に詳しい冒険者に調査してもらおうということで、ノインさんに白羽の矢が立ったんですね!」
「なるほど、それで俺にクエストを依頼、と」
……確かにいい話ではある。だがそれ以上に疑問に思っている事は幾つもある。そんな森の奥深くに何の目的で冒険者が行ったのかとか、他にも森に詳しいレンジャーがいるにも関わらず何故俺に頼んだのかとか。
少し怪しい部分が多いクエストなのでソフィアには悪いが大事をとって俺は断るとしよう____
「私、ノインさんの為に頑張ってクエストを探したんです。受けて……貰えますか……?」
「ゔっ……」
「報酬も採集クエストより多いです。どうか、お願いします……」
「……」
これはマズイ、人気トップの受付嬢の上目遣いは流石に効く。本当何で俺に話しかけて来るんだこの娘は?ほら見てみろ、近くにいたソフィアに気のある男達があまりの可愛さにバタバタと卒倒しているぞ。狙ってんのか?
それでも断ろうとしてソフィアの目を見るも、懇願するような目に思わず頷いてしまいそうになる。まさか、あの泣き虫だったソフィアがここまで成長するとは……!
……まあ確かにソフィアが選んだクエストなんだしそこまで警戒する必要もない気もするが。クエスト内容を見るに森の特に危険な場所を通るというわけでも無いしな。それでこの報酬はあまりにも破格だ。そう考えると断る理由はない。
「お、俺は……」
「はい♪」
「すまんがやっぱりやれんわ」
「はい?」
「実は……俺より受けさせてやりたい奴がいてな」
そう言うと俺はテーブルに座っているレンジャーの男を呼ぶ。コイツは確か少し前にパーティが解散されて食い扶持に困ってる奴だった。
「なんだいノインの旦那」
「お前にいい話がある。パーティ解散されて困ってたろ。人気ナンバー1受付嬢のお墨付きクエストだ。ソフィア、本当にすまんがコイツにこのクエストを受けさせて貰えんか?勿論腕は保証はする。コイツもイルムの森に詳しい。確かそのクエストに制限とかは無かったよな?」
「えっと……その……はい」
「ああ、不安だったら俺が描いたこの地図も渡す。危険で入ってはいけないところも書いてるからこれがあれば怪我せずに目的地までいけるだろうよ。ちゃんと返せよ?」
「ああ……ああ!ここんとこ何も仕事が無くて困ってたんだ。助かったよ!」
「俺は俺で採集クエストがあるからな。借りを作ったと思ったんだったら今度何か奢れ」
「勿論だ!本当にありがとうよ旦那!」
そういってレンジャーの奴は元気良くギルドを飛び出していった。前に会った時も調子の良いやつだったが変わっていない。
「さてと……」
出ていったドアを見た後に一つ伸びをして……俺は全力でソフィアに土下座をした。
「本っ当にすまんかった!!」
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今日一日中ソフィアに謝り倒してようやく許して貰った俺は、暗くなったギルド前の噴水で黄昏ていた。
正直1時間程の土下座でソフィアは許してくれたのだが、流石にそれでは忍びないので謝罪の意を兼ねて一日ギルドの雑用をする事にした。朝の事は当然ギルドの信頼関係に関わる問題だし、まだ受けてはいなかったとはいえ他の冒険者にクエストを渡す事、いわゆる受注クエストの譲渡はギルド規約違反だ。むしろこの程度で済んだのかが疑問なくらいである。ヴァンのオッサンは大笑いしてたが。腹立つ。
「何より態々選んでくれたソフィアに申し訳ねぇしなぁ……」
「まだ悩んでいるんですか?ノインさん」
気がつくと後ろにギルド制服を着替えた私服のソフィアがいた。基本ギルド制服しか見ないから新鮮だな。
「いつまでもクヨクヨしていたら前に進めませんよ?何も見えなくても進めば何か見えるって昔ノインさんが言ってたじゃ無いですか」
「そうはいってもな、冒険者の本質は信頼の仕事だ。今回の件に関しては言い訳しようもなく冒険者失格の行動だった。……まさか昔の自分の言葉に説教されるとはな。恥ずかしいったらありゃしねぇ」
そう言って俯く。
結局10年間冒険者やっても俺は俺だ。何も変わりゃしない。
たまたま運良くここまで続けられた、万年低級の冒険者だ。
「……確かに冒険者としては失格ですね」
「……」
……うん、真正面から言われるとやっぱりキッツいな。今度から言わないようにしよう。
「……でも、ノインさんとしてなら本当にノインさんらしい、優しい行動だったと思います」
「……別に、恩を売っただけだ」
「あ!ノインの旦那!」
不意に声を掛けられて振り向くと、朝のレンジャーの奴が嬉しそうにこっちに向かって来た。どうやらクエストが終わって帰って来たらしい。
「これ、借りてた地図だ!世話になったよ!」
「ならいい。悪かったな、押し付けるような形で」
「何言ってる!お前のお陰で本当に助かったんだ!これで俺はしばらく食ってけるよ!」
「お前ぐらいの腕ならその内必要なパーティが欲しがるだろうさ。頑張れよ」
「ああ!……ノインの旦那!」
帰ろうとしたレンジャーが思い出したかのように振り返った。
「なんだ?」
「俺!……実は、パーティ解散された時どうしようかわからなくてよ!もう冒険者辞めて、別の仕事やろうと思ってたんだ!でもノインの旦那が俺にこのクエスト譲ってくれた時、まだやってみようと思えたんだ!本当にありがとうよ!今度また礼をさせてくれ!」
そう言って今度こそレンジャーは去っていった。
「……感謝される謂れはないんだがなぁ」
「そういう素直じゃないのもノインさんらしくていいですよ?」
「……あー!もうやめだやめ!悩むのも阿呆らしくなって来た!思い詰めるだけ損だ全く!」
「ふふっ」
そう言って俺は足早に噴水場を去っていった。今日はもう早く飯食って寝よう。
________________
「結局クエストを受けては貰えませんでしたけど……ノインさんがどれだけ慕われているかを少しだけでも分かってもらえましたし、なによりかっこいいノインさんが見られたので、結果オーライでしょうか?」
「いつか完全に自信を持ったノインさんを見てみたいですね。ふふっ」
「そしたら、私の事を……なんて」
「ずっと、慕っていますよ。ノインさん♪」
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