買い物に行かないか
「ふぅ……ようやくアルファスの街に戻る事が出来ました!」
完全に日が真上へ昇った昼の時刻、アルファスの街の入り口で馬車を降りた一人の少女が大きく伸びをした。この街を主に拠点としているAランク冒険者、イオである。が、今まで王都からの依頼で遠征に行っていた。
「モンスター討伐をして帰るまでに三日も時間がかかってしまいました、次はもっと早く帰れるようにしないと……」
そう彼女が言うものの、今回の討伐依頼は本来一流の冒険者達がローテーションを組んで難度S級モンスターの体力を削っていく作戦だった。
そのため一週間、あるいはそれ以上の時間がかかる事が想定されていたのだが……
「ギルドの人たちも大げさですっ!あれぐらいのモンスターなら私が居なくても倒せたじゃないですかっ!」
第一陣の先頭にいた彼女の剣の一撃でモンスターは蹂躙され、倒れ伏した。そして彼女は一言、
「本命のモンスターはどれですか?」
と言い放った。Aクラスの中でも規格外な強さを持った姿に他の冒険者は度肝を抜かれ、王都のギルド職員は泡を吹いた。
「まあそんな事より!先生はどこにいるんでしょうか!」
任務が終わって国王から感謝されたり、彼女の可憐な見目に心奪われた貴族が求婚して来たりもしたのだが、彼女にとってはどれもこれも『どうでも良いこと』として片付けられている。
一応大好きな『先生』から礼儀は大事と教えられていたので丁寧な対応をしてはいたが、それがまた人気を引き上げている事を彼女は知らない。
目的の彼は依頼を受けている時間なのでギルドで待っていれば会えるだろう。そう思い意気揚々とギルドへ向かった彼女だったが……
「えっ?休み……ですか?」
「ええ、なんでも大事な用があるそうですよ?……せっかく頑張ってクエストを作ったのに……」
「えーと、どうしました?」
「い、いえ!お気になさらないでください!」
どうやら受付嬢が言うには今日は休んでいるそうだ。彼女の記憶では彼が休んでいる日など殆ど見た事がない。いや、一度『腐れ縁に会いに行く、と言って休んだ事があるような……
「ってことは!?休みの時の先生の姿というレアが見れちゃう!?こうしちゃいられません!」
「えっ!?いやノインさんのプライベートを邪魔するような事は……というか場所分かるんですか!?」
「私は先生の生徒なので分かります!場所も大丈夫です!」
「いやそれは大丈夫ではない……行っちゃった……」
受付嬢が何か言っていたかもしれないがそんな些細な事は置いておいてイオは冒険者ギルドを飛び出した。
勿論今の先生……ノインの位置は分からないが、分かる全てを持っているので問題ない。
イオは持っていたノインの形をした人形に魔力を流し込むとギュッと握りしめた。
「……隣町ですね!今行きます!」
そう言うとイオはノインがいる方向へ走り出した。
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「うおっ!?」
「ご主人様!?ど、どうか、され、ましたか……?」
「いや、今何か物凄い悪寒が」
「やっぱり、お家に、戻り、ますか?ルゥの、わがままで、ご主人、様に迷惑を、かけたくない、です」
「いや、気にすんな。せっかく隣町まで来たんだしな」
何か悪い事が起きそうな予感を振り払う。せっかく今日休日を取ったんだ。今更帰るわけにはいかない。
今日俺は以前から計画していた、一日ルゥの望みを叶えるために隣町へ来ていた。家から出たことのないルゥには地図や街の貼り紙を渡して、どこに行ってみたいか聞いてみたのだが……
「休みの日にやりたい事が買い物か……」
「はい、ルゥは、今とても、しあわせ、です」
「いや……まあお前が良いなら良いが……」
今はルゥと買い物を済ませ、昼食のサンドイッチを食べながら一緒に街の広場で休憩をしていた。荷物の中身はいつも俺が生活のために買ってくる食料や生活品となんら大差ない。違いはルゥがそばにいるだけだ。
どうやら家から出れない理由から俺に食料の買い物を任せていたことにルゥはとてもモヤモヤした思いを抱いていた様だ。てっきり面倒くさい事が減って嬉しいもんだと思っていたが……一日ずっと家にいるのはよっぽど暇らしい。まあ庭に出ることは問題ないので完全に家から出ない、というのは正しくないが。
「買い物ぐらいなら今度から一緒に行くか?」
「えっ?それは、ダメ、です。ご主人、様と毎日、こんな、しあわせなことを、すればきっとルゥは、バチが、当たっちゃい、ます。」
「これでバチが当たれば神どんだけケチなんだよ……」
そういえばこの世界は神の加護が存在するがルゥは何かしらの加護を持っていたりするのだろうか?ちなみに俺は加護を持っていない。才能ないっつってんだろ。
「ルゥの加護は、精霊神さま、の加護を、受けています。効果は、その、少し難しい、です」
「精霊神?聞いたことの名前だな」
人間なら火、水、風、土の神辺りが多いが、やはりダークエルフだとそこら辺の常識も違ったりするのか?残念ながら俺には関係ないけどな。
「あとそんな格好じゃ窮屈じゃないか?人目のつかない所に移動して外してもいいが……」
「いえ、大丈夫、です」
私服の俺とは違い極力肌が見えないようにしてフードを目深に被ったルゥを見ていると、やはり何か姿がバレてはいけない理由があるのか、と再認識する。
そして未だにその理由を知らない俺はまだルゥに信用されていないのか、とたまに思う。
まあ俺自身にもルゥを信じ切れていない部分もあるし、一部の連中に疑心暗鬼の塊、とか言われている俺みたいなのを信用するのもどうかしていると思うが。例のギルドとかな。
それでも、いつかルゥとは本音で話せる日が来ると思いたい。今はとにかく一日ルゥと楽しもう。
「……?」
「どうしたルゥ?」
そんな事を思っていると、突然ルゥがこちらをじっと見てきた。いや、正確にはいつも使っている俺のポーチの方が正しいか。冒険者の時にも使っていて、傷薬やらが入っているのでそのまま持ってきた。
「今、ご主人、様に魔法、が」
「魔法?一体何のために?」
俺の持っているポーチに魔法的なアイテムは入っていない。一般的な物ばかりだ。
「危険な、物かも、しれない、です。一度中の、物を出して、ください」
「あ、ああ」
ひとまず広場のベンチにポーチを置き、中身を出していく。ルゥはその一つ一つ真剣に見ていたが、ある物に気付くとそれを手に取った。
「ご主人、様。この、謎の人形は、なんです、か?」
「ああ、これか?俺の後輩の冒険者が渡してきたお守りなんだと」
イオが渡してきた人形(お守り)にルゥは珍しく険しい顔をしながらブルブル震え出した。
「これは、危険、です。大変危険な、物です……!」
「いや、流石のアイツでも危ない物を俺に渡すような奴ではないとは思うが……」
いや、もしかしたらアイツの事だ。何かしらの防御や反撃魔法を仕込んでいるのかもしれない。……相変わらずのお節介な奴だ。そこまで弱い先輩が心配なのか?
というかルゥは魔法を見分けられるのか?今初めて知ったぞ。普通に凹むわ……
「今すぐ、このお守りは、処分、するべき、です、ご主人、様」
「……ちなみにこのお守り、なんの魔法が掛けられてるんだ?」
「はい、この、人形には、防御、盾魔法、光の、反撃魔法、そして__」
「__あっいたいた!先生!」
「は?イオ?」
聞き馴染みのある声がした方向を見ると、そこには、数日前に遠征へ行ったゆるふわピンク冒険者が嬉しそうに手を振りながらこちらへと向かってきた。
「お前遠征はどうした?」
「直ぐに終わらせてさっきアルファスの街に着いた所です!そこで先生が休みだと聞いて飛んできました!……えへへ、私服の先生だぁ……」
「……俺誰にもここに行くとは言っていなかったはずだが?」
「そこは愛の力ですよ先生!私の愛が為せる技です!……ところで、そこにいるフードの子は知り合いですか?」
「……」
「あー、それは」
いきなり現れたイオに戸惑ったが、ルゥの事をどうするべきか。なんかルゥも黙ったままだし、空気がさっきより重苦しくなってきたような……
いや、どうすればいいんだ、これ?
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