受付嬢
「ひいふうみ……まあ今日はこんなもんか」
ギルド前にある噴水広場のベンチに腰掛けながら俺はギルドから受け取った報酬の金額を数える。いつもよりも金額が少ないのは例のポンコツ貴族のせいで依頼を受ける時間が足りなかったからだ。今度会ったら絶対文句言ってやる。
「なるべく稼げる時に稼がないとな」
生活をする上で金は必要だ。俺みたいな弱小冒険者とかは特に身入りも少ないので稼ぐ必要がある。低級冒険者でも倒せる雑魚モンスターを狩ったり、薬草とかの採集クエストをこなしたり。
まあ幸いなことに俺の場合他の冒険者と違って家を持っているので宿代を支払う必要も無い。
それに謎の家政婦が自炊しているので食事代も外食よりは安く済んではいるが、それらを加味しても贅沢とは無縁の生活を送っている。
FランクやEランクの状態が長く続く冒険者が夢を諦めて他の仕事を始める理由が大体これに当たる。どれだけ必死に頑張ってもギリギリの生活を強いられるからだ。
実際俺も数年前までは似たような感じで、宿屋にある馬小屋生活だったしな。
それに、冒険者というのはいつ辞める羽目になってもおかしくない仕事だ。怪我などで冒険者の仕事を続けられなくなった時に蓄えが無ければそのまま野垂れ死ぬ羽目になる。
そうならないようにこうして稼げる時に稼いでいるのだ。誰も受けない仕事を効率よく複数受ければある程度は安定するしな。
おかげでギルドから誰もやらない事をやってくれる便利な冒険者扱いされてしまった訳だが。辞めてやろうか。
まあ冒険者を辞めようとするとギルドから猛烈に止められるのだが。理由は知らん。
「よいしょっと……あっ、ノインさん?」
収入の使い道について思案していると、ギルドから終業の看板を抱えて出てきた眼鏡を掛けた受付嬢___ソフィアがドアに看板をかけた後、こちらに気付いて近づいてきた。
「今日も依頼お疲れ様ですっ」
「ああ、そっちもお疲れさん」
労いの言葉にこちらも同じく言葉を返す。
ソフィアはこのアルファスで受付見習いとして配属された時から知っている。ヴァンのおっさんに冒険者の常識を教えてやって欲しいとか頼まれたんだっけか。
昔はガチガチに緊張して先輩に泣きついていたのを憶えている。そんな彼女も今では冒険者に対するその真摯な態度と表情の豊かさから一番人気のある受付嬢だ。
冒険者の連中は毎日のように口説いたり愛の告白を囁いたりしている。業務の一部のように流されているが。
未だに低級から変わらない俺からすれば眩しすぎて正直直視できない。彼女は人気になっても昔俺から教えられた事を気にしているのか今も変わらずに接してくる。俺なんかに気を使う必要も無いのにな。
しばらく会話をしていると、ソフィアはそういえば、と思い出したかのように質問をしてきた。
「今日はいつもより依頼が少なかったですね。どうかされたんですか?」
「ああ、実は……」
サリアと依頼について話した結果時間がかかってしまった事を伝えると、何か思うところがあったのかソフィアは眉を潜めた。
「……ノインさんの報酬に不満があるのは分かりますが時間を取らせるのはやってはいけない事でしょう……」
「ん?なにか言ったか?」
「い、いえ!なんでもないです!……ところで気になったのですが、ノインさんはどうしてその依頼を受けなかったのですか?勿論あのサリアさんの事ですし報酬は高いと予想は付きますし、条件も満たしていますよね?」
「ああ、いや別に大した理由じゃない。単に日数がかかる仕事だから断っただけだ」
俺は依頼を受ける時なるべくその日の内に終わらせる事にしている。
前までは日を跨いで依頼をこなす事も何回かあったんだが……一日家を開けるとルゥが泣き出すのだ。
一度それで拗ねられて夕食が豪華なケーキのみだった事がある。癇癪を起こした幼児かアイツは。拗ねていても一切手を抜かないのもルゥらしい。
「なるほど、確かにここ数年ノインさんは依頼を一日で済ましてますね」
「まあ一応もう一つの理由もあるっちゃあるんだが……」
「?なんですか?」
あまり自信がない事を言うことは冒険者の常識としてはマズいと聞くが……まあいいか、どうせEランク冒険者だし。
「俺みたいな長くやってるだけの冒険者が割の良い仕事を受けるのは気が引けるんだよ。それに相応の努力と実力を持った奴らに護衛をやらせた方がアイツにとってもよっぽど良い」
俺より長くやっている冒険者はいる。殆どは有名になって王都で活動していたり、引退したりしているが、この街で俺より長く、今も活動している冒険者は一定数いるのだ。
まあ大概俺の事をいつまでも下にいる滑稽な冒険者として見ていて、今も関わりのある者はいないのだが。滑稽な冒険者なのは事実だしな。
「……」
「?どうしたソフィア」
急に黙り込んだんだが。腹でも痛くなったのか?と思ったらプルプル震えて突然こちらに向かって口を開いた。
「ば……」
「ば?」
「ばかーっ!!ノインさんのばかっ!唐変木!サリアさんの言う通りです!他人の気も知らないですぐ卑屈な考えして!特別昇進の話も詐欺扱いするし!ちょっとはお世話になった人の気持ちも考えてあげて下さいっ!!」
「!?」
なんか唐突に罵倒されたぞ?しかし明らかに悪口を言い慣れていないせいからか可愛らしさの方が勝ってどういう反応を返せばいいか困るんだが……いやそれよりなんで昇進の話をソフィアが知っている?あのオヤジ話しやがったな。
「よく分かりました!ちょっとギルドに行ってギルドマスターと話し合ってきます!」
「は?いやギルド職員の時間外勤務は禁止ってヴァンのおっさんと話し合って決めた……」
「え?あのルール貴方とギルドマスターが考えたのですか?……とにかく!ノインさんには一度自分の価値というものを知ってもらいます!覚悟しておいて下さい!」
そう言うとソフィアは終業の看板がかけられたドアを開けてギルドの中へと消えていった。
「……なんだったんだ……?」
よく分からないが、ソフィアを怒らせてしまったようだ。やはり冒険者としての自覚が無いと思われたのだろうか?次ギルドに行ったら謝罪として何か持って行くか……
そう思い、仕方なく俺は家へと向かった。
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「ギルドマスター!」
「む?どうしたソフィア嬢。外の看板を掛けるのに随分と時間をかけていたようだが。残りは儂がやるから早く帰るのだぞ。よいな?」
「いいえ、ギルド職員として、そして受付嬢としてやるべき事があります。ギルドマスターも残って頂かないと出来ない事ですが……」
「……ふむ、ソフィア嬢がそこまで言うとは、儂も興味が湧いてきた。どれ、どんな話か聞かせてもらおう」
「はい、それなんですが……ノインさんの為の依頼を、作ろうと思います!」
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「お帰り、なさいませ。ご主人、様。荷物、お持ちします、ね」
「ああ、悪いなルゥ。ところで明日の休日の事だが、買い物に行かないか?」
「あ……その、申し訳、ないのですが、私は、この家を離れる、事が」
「ああ、アイツとそういう契約になっている事は知っている。だからこの前アイツと会って契約を変えさせてきた。完全には駄目だが俺の近くに居れば大丈夫なんだと」
「えっ……?」
「お前がどういう存在なのかは知らん。言いたくなかったらそれでいい。だけどな、ルゥが今までやって来た事を当然の事だと思う程俺は傲慢になれん。明日はこの三年分お礼をするからな。ちゃんと準備しておけよ」
「……」
「どうした?……泣いてるのか?」
「グスッ……あ、あの、その、ルゥは、ご主人、様が居れば、それで、良くて、……こんな、ことして、もらったら、ルゥ、幸せが、多すぎて、耐え切れなく、なっちゃい、ます……!」
「あーわかったわかった、ほら泣きやめ。夕食できてるんだろ?」
「……は、い!」
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