貴族と怪物

「……それで、私の護衛依頼、受けてくださります?」


「もしかして冗談を言ってんのか?面白くないからな」


「じょっ……私は本気ですっ!!あっ……」



バン、と机を叩いて立ち上がり、金髪ロングを揺らしながら怒り顔をこちらに向ける美少女__サリアがいた。

しかし周りに怪訝な目で見られて顔を赤くしながら直ぐに座る。



「……とにかく、私は本気で募集しているのです」


「……一応聞いてやる。一体何の為の護衛だ?」


「それは勿論、私の旅行の為の護衛ですわ!」



なるほど旅行か。確かに金持ちの商人とかが傭兵より信用になる、と冒険者に護衛を任せるのはよくある。よくある事なのだが……



「お前貴族だろうが。お抱えの私兵はどうした」



貴族は自身の兵を持っているので冒険者ギルドへ護衛依頼をすることなど全く無い。


ましてやサリアはこのアルファスでも有名な力を持った貴族だ。


初めて会った時はまだ何も名を上げていないただの生意気な小娘だったので、俺は未だにその印象が抜けきって無く普通に接している

が、この街有数の貴族である彼女が自分の兵を持っていないはずがない。



「彼らはあくまで雇われた者達。私のプライベートを任せる訳にはいきませんわ」


「おかしいな、今からお前は雇われた者にプライベートを任せようとしているように見えるんだが気のせいか?」



俺の問いに帰って来たのは謎の返答。会話が噛み合っている気がしないぞ。全く持って目的が見えない。既に人員が揃っているのに態々大金を払って人を雇うなんてことがどれだけ無駄か、サリアなら言われなくとも分かるはずだ。



「ですから、私は完全に信頼できる者を雇いたいんですの。冒険者を長く続け、経験のある者を」


「なるほど」



つまり自分の兵では無い経験豊富で信頼が厚いベテラン冒険者を探しているわけか。分かった。



「見つかるといいな。んじゃ」


「というわけでこの依頼を__え?」



俺はこの十年間で磨いた社交スキル、『相手の意見を尊重しながら退出する』を発動し、椅子から立ち上がる。会話が面倒臭くなって来た時に中々使えるのだ。まあ実際そんなスキルは無く、ただの小技なのだが。



「ちょ、ちょっと待って下さいませ!ノインさん!」



だが残念な事にサリアには通用しなかったようで、こちらの腕を捕まえてくる。コイツ、いつの間にか成長してやがる。



「何だ、悪いがそんな夢でも見ているかのような戯言を聞いている程俺は暇じゃねぇんだ。聞きたい奴に言っといてくれ。ほら、あそこで欠伸してるヴァンのおっさんとか」


「戯言じゃありません!一致する方がいるじゃないですか!今目の前に!」


「いねぇよ誰のことを言ってんだ。というか護衛以前にそもそもお前魔法使えるだろ。しかも全距離対応のオールラウンダー」


「ええ、ですから安心してください。何かがあっても貴方は私がお守りしますわ!」


「護衛って何か知ってるか?」



若くして辺境の地でしかなかったこの街を発展させていった天才。とか誰かが言っていたが本当か?俺と会う時大体ポンコツだぞ。


サリアが守り俺が守られるという、最早立場が逆転している頓珍漢な依頼を流しつつ、さっさと今日の分のクエストを手に取って受付へと向かった。









________________











「これで要求分の薬草を手に入れる事が出来たか。あー腰いてぇ……」


結局食い下がったままのサリアを話すのに時間を掛けたものの、今日の分のクエストは無事済ます事が出来た。


時刻は夕方が終わり夜が始まる寸前。俺は現在森の中で生えている薬草を摘み終わり、冒険者ギルドへと戻るため森を抜けている途中だった。


こういう時に限って油断してしまい、モンスターの接近に気付くのが遅れた経験があるため気を引き締めて帰る事を心がけている。


とはいえ、そんな事があったのは最初の一年だけだが。それ以降はとある理由でモンスターに襲われる事はなくなった。



「やあ、お帰りかい?もう少しここに残ってくれてもいいんだよ?」



……噂をすれば良くその人物が現れると聞くが、まさか考えただけで現れるとはな



「ここに残っていたって何する事があるんだよ、ラウム」



クスクスと笑いながら光を失った森の中から現れたのは、長い銀色の髪をゆらゆらと揺らし、浮世離れした美しさを放つオッドアイの少女だった。


「沢山楽しい事があるよ?夜の動物の鳴き声を聞いても良いし、ただ何も考えず森の闇を味わうのもいい」


「それはお前にとって楽しい事だろ。俺はそう思わん。早く帰りたい」



とはいえ目の前の少女、ラウムは人間では無い。人間の形をしたナニカだ。

じゃあ一体何かと聞かれても、俺としてはナニカとしか答えようがない。少なくとも人間では無い事だけは分かる。



「そりゃあボクの一番の幸せは一緒にいることだよ。それしか無い」


「お前みたいな得体の知れないモンスターと一緒にいられるか。気がついたら腹ん中とか冗談でも笑えんわ。好きに遊べばいいだろ」


「だって力を失って随分経つけど、未だに取り戻せて無いんだよね。まともに活動できるのも夜だけだし、実に退屈だよ」


「何が退屈だ。毎日毎日飽きずに影から覗きやがって。暇つぶしなら好きにしてていいが俺の知らんところでやってろ」



コイツに関してはそれこそ俺が冒険者になってから知り合った者の中でも先から数えた方が早いほど付き合いが古い。


というのも森でクエストを受けていた時にたまたま何故か消えかかっていたコイツを助けたのが運の尽きだった。


影の何やら得体の知れない力を使って昼夜問わずこっちを覗いてくるわ夜にしか姿を見せれないからと森の中で夜まで俺を迷わせるわ、とんだ疫病神だ。



「フフ、これでも君には感謝しているんだよ?これ以上ないくらいね」


「そうか。だったら何かしら形にして返して欲しいもんだ。いい加減真っ昼間から付き纏うのをやめるとかな。」


「ボクの数少ない楽しみを奪うなんてとんだ鬼畜だな。悪い怪物に連れ去られても知らないぞ?」


「生憎俺を連れ去ったところで何も持っちゃあいない。残念だったな」


「……あは」



俺の返答した後、何か琴線が触れる事でもあったのかラウムは闇に溶け込んでいった。



「……もう、全く持って油断ならないな君は。ボクを殺す気?」


「何言ってんだお前」


「そうやってボクを誑かすのはやめて欲しいな。この体も結構維持するの大変なんだから」



闇の中でよくわからない事を言い始めた。参ったな。どうやら意思疎通できる状態じゃ無いらしい。


一人で勝手に盛り上がってクスクス笑っているラウムをドン引きした目で見つつ、好機と捉えた俺は踵を返してさっさと冒険者ギルドに戻ることにした。


幸い気付かれてなかったので一定の距離を取ったのち、ダッシュで森を抜けていった。後ろから追いかけて来る様子はない。脱出は成功できたようだ



「……ああ、もし君が街を、人を、全てに絶望したらいつでも言ってね。その時は、ボクも手助けするよ」



後ろの方からそんな声が聞こえた気がしたが無視した。


……やはり俺は奴が苦手だ。








________________










「まったく、あの人は自分がどれだけ頼りにされているのかを知りません!」


「しかも欲というものが無い!人として致命的です全く!」


「他にもすぐ疑いますし人を信じませんし言葉が荒いですし何かあれば自分の事は後回しにしますし実際は優しさの塊ですし貴族だからといって見る目を変えませんし何もできなかった私を教えてくださいましたし……って!一体何を言ってますの私は!?」


「とにかく!彼には一度然るべき報酬をみっちりと受け取るべきですわ!何がなんでも!」





「覚悟しておいて下さいまし!」









________________








「ボクがこの世界に来てから九年……十年かな?」


「昔は自分の命なんていつ散っても興味なんて無かったけど……今はちょっと惜しく思えてしまう。ここまで変わってしまったのを過去の自分が知れば怒れられていまいそうだ。ふふ」


「それにしても無自覚にポンポンあんなセリフを吐くなんて、迂闊すぎないかい?あやうくしまいそうになったじゃないか。まあ、自分の価値を全く理解していないところも大好きなんだけど」


「ああ、感謝を形にして返して欲しい、って言ってたね。困ったな……ボクの全てぐらいしかあげるものが無いぞ……」


「彼が望みを言ってくれたら叶えてあげるのに。世界を滅ぼしたいとか……」


「まあ無いものねだりしてもしょうがないか」




「まだ時間はたっぷりあるし……ね?」




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