賽子

結局ルゥは朝になっても起きることがなかったのでそのまま寝かせ、準備を済ませた俺は冒険者ギルドへ向かった。



「よおノイン!相変わらずシケたツラしてんな!元気出せよ!」


「うるせえ!普段通りだこの顔は!早く土木作業して来い!」


「ノイン!早く商人にでもなっちまったらどうだい?年齢的にもキツいだろ!席は開けとくぜ!ガハハハ!」


「こちとらまだ25だ!誰がお前の世話になるかよ!」



屋台の売り子が声を張り上げたり、吟遊詩人が歌っていたりと朝にもかかわらず賑わいを見せている大通りを歩きながら軽口を叩いてくるやつらに軽口で返す。


万年Eランク冒険者の俺とはいえ伊達に長くここで冒険者をやっていない。大通りを歩いていると誰かに何かしら声をかけられる。


まあ大体は下らない軽口やら冗談やらなんだがな。あのおっさんも困ったもんだ。商人の席なんぞ簡単に開くわけないのに何を言ってんだか。



「……」


「……ん?」



そのまま冒険者ギルドがある所に向かってガヤガヤと賑わっている人通りを歩いて行くが、途中から誰かが後ろから俺を見ている事に気付いた。


振り返ると、そこには黒色の髪を賽子さいころのようなアクセサリーでツインテールにし、黒と白のドレスを着た小さな女の子がぴったりと俺の後ろを着いて、こちらをじっと見ていた。



「……」


「フラム。何で俺の事を見ていたんだ?」



一応この女の子、フラムとは顔見知りであり、この子が住んでいる孤児院にも足を運んだりしているぐらいには面倒を見たりしているのだが……同時に悩みの種でもある。



「あの、えっと、今日のお兄ちゃんの運勢を占ってあげたくて」


「あ、ああ。別に構わないぞ?あと、ここには人通りがあるからお兄ちゃん呼びは出来れば避けてくれると……」


「?お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?」


「いやその……うーん」



それは、場所問わず俺の事をお兄ちゃんと呼び着いて来る事だ。


勿論俺がその呼び方を望んだ訳でも無いしこの子が好きに俺をそう呼んでいるのだが、何も知らない第三者から見れば明らかに事案なのだ。


流石に25にもなってお兄ちゃんと呼ばれるのはヤバい気がする。


街中どころか冒険者ギルドで呼ばれた時は受付嬢からヤバい人を見る目を向けられて本当に焦った。今ではマスコット的な扱いらしくよく飴とかをもらっているらしいが。



「じゃあ、占うよ?」


「ああ、よろしく頼む」



流石に大通りの真ん中で占うわけにもいかないので端の目立たないところに移動して占ってもらう。なんだかマズい事をしている気になるのは気のせいだ。


フラムとは知り合って数年経つが、どうやらこの子には賽子を振って運勢を占うという特殊な能力があるらしく、それを使ってよく占ってくれる。


それが当たると評判で、将来この街一番の占い師になれる、とか冒険者としても期待できそうだ、とか言われている。まあその能力で一悶着あったのだが、それはまた別の話だろう。



「それじゃあ……えいっ」



フラムは二つの賽子を出現させて転がすと、賽子はどちらも六の目を出して止まった。



「これは……良い、のか?占いやらに疎い俺には分からないが。」


「……分かんないけど、良い事がある気がする」



分からないんかい。それで街からの評判が良いのか……占いというのはわからん。


おっと、そろそろクエストが貼られる時間か。少し急いでギルドに行かないといけない。



「それじゃあ、そろそろギルドに行くか。フラムも気を付けてな。」


「うん、ばいばいお兄ちゃん」



そう言って俺はフラムと別れ、冒険者ギルドへ向かっていった。


しかし俺をお兄ちゃんと慕ってくるあの子もいつか大人になると俺の事なんて忘れていくんだろうな……いや、もしかしたら俺が万年Eランク冒険者だと覚えてくれるかもしれない。凹むわ。


ちなみに冒険者の中にもジョブと呼ばれる役割があり、優秀な占い師は重宝される。それがあの子が冒険者としてもやっていけるという理由だな。


まあこの子はまだ十一歳なので冒険者になるのを決めるかどうかはまだしばらくかかりそうだ。俺としては反対だが。あまりにも危険すぎる。


……別にフラムが冒険者になったら一瞬で抜かれそうだな、なんて事は思っていない。いないったらいない。


家を出た時より若干沈んだ気分になりながら、俺は冒険者ギルドのドアを開いた。






________________







「さて、何かめぼしい依頼はないかな……と」


冒険者ギルドのクエストボードに貼り出された依頼の中からめぼしいのを探す。


とはいっても俺がやる仕事は中心の方で貼られている他の未来ある連中が我先にと受けるクエスト……ではなく、端にある誰もが面倒臭くてやりたがらない採集などのクエストだ。


嫌われる理由は複数ある。まず時間がかかる。配布される地図にマッピングされた場所生えているとは限らず、生えていても虫に食われたりと状態が悪ければカウントされないという不親切設計。


そんな不安定な物に時間を費やしているとあっという間に一日が終わってしまうのだ。実際俺も最初の方はクエストが達成できない日が続いた。


目的の物を覚えるのが面倒臭い、というのも理由の一つだ。特に植物なんかは多く、似た植物を取ってきてしまいクエストを達成できなかった、という話はよくある。中には同じ植物だが採集する時間帯によって変わるなんて代物もある。


後は報酬が割に合わないとか格好悪いとか、冒険者ならモンスター討伐してこそだろ!みたいな事を抜かす奴もいたな。


まあそんな奴らが多いおかげで今の俺が生活できている、とも考える事ができるがな。今じゃ俺もすっかり採集のベテランだ。一日に数件は採集を済ます事ができる。



「さて、じゃあ今日はコイツとコイツにしよう(バサッ)……あ?」



いつも通り採集クエストを手に取り受付嬢の元に行こうとしたが、唐突に俺の足元へ落ちたクエストを拾う。


これは……護衛依頼か?やけに報酬高けぇな。だがEランクの俺にはどう考えても無縁な代物……待て、「冒険者歴9年以上、ランクは問わない」?


……なんだこりゃ。まるで長くやってるだけでキャリアなんて無い奴の為だけに作られた依頼じゃねぇか。アホらし。依頼人は何考えて__



を手に取りましたわね?ノインさん」


「すいません採集依頼受けたいんですけど」


「ちょっ!?待って下さいノインさん!」



聞こえて来た声に俺はさっさと採集依頼を受ける事にした。だがヤツに引き摺られて無理やり椅子に座らされた。なんなんだよ全く。









________________










「えへへ……先生お守り喜んでくれたかなぁ?しかもこれで先生の事ずっと見られるし、遠征も寂しく無くなったよ。」


「でも……先生の周りに嫌なのがいっぱい居るなぁ……先生が人気なのは分かるけど嫌だなぁ……」


「中には私より強いヤツも居るし……本当に嫌になってくる」


「はあ、やっぱり早く会いたいなぁ……」





「イオ!早く行くよー?」


「……うん!今行くよー!」







________________








「ん……むぅ……?」


「あれ、ルゥ、いつの間に……」


「ご主人、様いない、行っちゃったの、かな?」


「あっ、家のこと、早くしないと、ご主人、様に失望、されちゃう」


「ルゥ、ご主人、様に嘘、ついてるから、いっぱいご主人、様の喜ぶ事、しないと」


「怖くて、まだ言えないけど、いつか、本当のこと、言いたいな……」




「……あっ、ご主人、様の着ていた服……ちょっとだけ、ならいい、よね?」









________________










「ごめんなさい、お兄ちゃんが心配で、わたしちょっとズルしちゃった」


「でも、お兄ちゃんのこと好きだから、仕方ないよね?」


「わたし弱くて何も出来ないけど、お兄ちゃんを助ける事はできるから」


「わたしが冒険者になったら、お兄ちゃん振り向いてくれるかな?」





「だから待っててね、お兄ちゃん」

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