現状
「今日から、お世話をさせて、もらいます。ふつつか者ですが、よろしくお願い、します。ご主人、様」
「は?」
三年程前、譲り受けた__というより押し付けられた、という方が正しい__家のドアを開けたらそこにはどこかたどたどしい口調でこちらに頭を下げる美少女ダークエルフがいましたとさ。
「……は?」
当然俺は意味がわからずに白目を向いた。
「いや、まず……誰だ?」
「?あなたのお世話を、させていただく者、です」
「違う、そうじゃない。」
彼女は何者なのか、何度か問答しても結局答えという答えが返ってくることもなく、わかったのは家の掃除や料理など、家事を行う者といったことのみ。
「……本当に何者か知らないのか?自分の事をだぞ?名前とか、身の上とかあるだろう」
「……は、い。名前は……ありま、せん。少し前に、商人様に拾われて、その前の事は、憶えて、ません」
おまけに記憶喪失と来た。
果たして彼女が意図的に隠しているのかそれとも本当に記憶喪失なのか、という疑念が出てくるものの判断材料がなく、一先ず俺はため息をついてその話を後回しにする事にした。
だがそれはそれとして唐突にお世話しますと言われて納得できる筈もなく、後日家を押し付けてきた腐れ縁の商人の奴にどうすればいいんだと問い詰めたのだが、
「ワタシじゃ面倒見切れなくてネ。彼女の生活費は渡すから君の好きなように扱えばイイ。家政婦でも恋人でも奴隷でも。何でも構わないヨ」
と返されるのだった。
いや構わなくねぇよ!明らかにバレたらまずい案件だろコレ!この子何者だよ!戸籍寄越せよ!ダークエルフに戸籍があるのかは知らねぇけどな!
「……で、家事をやるとは言ったが何が一番得意なんだ?」
「?いえ、家事は、やったことない、です」
「は?」
「でも、がんばります」
「……マジかよ」
そんな訳で唐突にダークエルフの少女との生活が始まるのだった。
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「美味しい、ですか?ご主人、様」
「……ん、ああ。三年前とは比べものにならないくらい上手くなったな」
「……!えへへ、嬉しい、です」
そして三年が経った現在。このルゥと名付けた少女と生活を続けたものの、未だに彼女の素性が分かることのないまま過ごしている。
家事もまさかのゼロからのスタートだったが、想像を遥かに超えて彼女は飲み込みが早く、一年経つ頃には家事全般をこなせるようになり、今では一流宿屋と謙遜ないレベルまで極めていた。
今食べている夕食のシチューもルゥが最初に作ったメニューで今では一番得意としている料理だ。
ちなみにここでも才能の差を見せつけられて少し凹んだのは内緒だチクショウ。
しかし三年間よく捕まらずに済んでいるな、と我ながら思う。端から見れば家出少女を匿っている成人男性のようなものだ。バレれば確実に牢屋行きだろう。
幸い……と言って良いのかは分からないが、この家を押し付けてきたアイツが何かしらの手回しをしているらしい。コネと商才だけは超一流だもんなアイツ。
「……」
「どうか、しました、か?ご主人、様」
「……いや、何でもない」
ただ……一つだけ問題がある。といっても俺の認識の問題なのだが。
「……なあルゥ。お前は、ここに来て良かったと思うか?」
「?はい、ご主人、様と一緒に、いる事ができて、ルゥはこれ以上ない、ほどしあわせ、です」
「……そうか」
絹のような白い髪をふわりと揺らして笑うルゥに何も言えなくなった。全く、ありえないと分かっていても完全に信用出来ない自分につくづく嫌気が差してくる。
何の問題があるのかと言うと……三年経った今も、俺は完全にルゥの事を信用しきれていない、ということだ。
いや、ルゥの事は信頼しているつもりだ。優しい性格であることも知っている。だが……それが何かしらの存在が繋がって無い証拠とはならないのだ。
ダークエルフという種族はとても珍しく、奴隷として高値で取引される国もあるらしい。もしかしたらこの家を隠蓑として利用されているのかもしれない。
「ご主人、様?」
こんな風に考え始めたのはルゥが記憶喪失ではないという事に気付いてからだ。
共に過ごして分かった事だが、口には出していないものの、会話の途中で何かを言いかけて止まる、という事が何度もあったのだ。
一度「ダークエルフの……あっ」と言った時、隠す気あるのだろうか、と思ったが、本人はまだ隠し通せているつもりらしい。
「ル、ルゥの顔に、何か、付いています、か?」
それに、一時期からこちらを凝視する事が多くなったのも気がかりだ。
何かの機を狙っているのかと疑ったりもしたが、俺がルゥを見れば慌てて目を逸らすのでその可能性は低いと思う……謎ではあるけどな。
「ふわ、ふわわ……」
いつだったか……確か、ルゥが熱を出して寝込んだ日の後ぐらいからか?すごい力で俺の手を握ってきたのを憶えてる。
とにかく、万が一ルゥに関係のある問題に巻き込まれるのが俺だけならまだいい。だが、街まで巻き込まれる事があればたまったもんじゃない。
この街には世話になり過ぎた。俺のせいで迷惑をかけたくない。
だから心苦しいが、ルゥにはこれからも監視させて貰う旨を伝える事にしよう。
所詮憶測の域を出ないから伝えても問題無いはずだ。万が一当たっていても俺の方に向かってくるというわけだ。街に迷惑はかからない。
「ルゥ」
「ご主人、様がルゥの顔を、見てくれてる……ご主人、様が……ふえ?」
「これからもルゥの動きはしっかり見させて貰うぞ。悪く思うな」
「……」
「ルゥ?」
反応が無いが一体どうしたんだ?
「ふわ……」
ぱたり
「ルゥ!?どうしたルゥ!」
突然顔を真っ赤にして倒れたぞ!?額に手を当ててみたがすごい熱を放っていた。
くそ、基本家にいるからといって働かせ過ぎたのか?もう一度しっかりと家事について話すべきか……
そう思いながら伸びているルゥを抱き抱えてベッドへ寝かしに行く事にした。
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「こちらが今回全ての新しい冒険者のリストです」
「うむ、ありがとう。しかし例年通りの人数だな。冒険者になろうとするものは」
「やはり夢があるんですよ、冒険者には。……皆命をかけるくらいには」
「必ずこの中から生きて帰れない者が出て来ると考えると、ままならないものだな……」
万年低級冒険者のノインが活動している街、『アルファス』
ノインが立ち去った後の冒険者ギルドではギルドマスターである『ヴァン・エルグラス』と美しい茶髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた人気の受付嬢であるソフィアが話し合っていた。
「ですが、ここ数年は新人の死亡率がグッと下がっているんですよね。素晴らしい事です!」
手に持っている書類を眺めながらソフィアは嬉しそうに話す。
やはり受付嬢としてクエストへ行った者が生きて帰ってくれる程嬉しいものはない。
命を落とした者の仲間が辛そうに報告する姿や、同じクエストに向かった別のパーティーが遺留品を持ってきたりする姿はできることなら見たくはない。
新人の時、それがあまりに辛くて先輩たちに慰めてもらっていたのをソフィアは思い出した。
「ああ……ここ数年の死亡率の低下は彼のお陰であることが大きい」
「ノインさんの事ですね」
先ほどヴァンの依頼を断って立ち去っていった一人の冒険者の姿を思い浮かべる。
少し口が悪く疑心暗鬼なところがあるが、実際は真剣に相手のことを考え助言をしてくれるほどのお人好し。
自身を卑下して何処にでもいる弱小冒険者と公言しているものの、幾人もの冒険者が彼に助けられた経験があるギルドからの人望が最も厚いベテラン冒険者。
「でもノインさんの困ったところは本気で自分が何も貢献していないと思っているところなんですよね……」
「ああ、まさか特別昇進の話を詐欺か何かと思われたのは流石に驚いたよ!」
「本当ですか?」
ははは、と苦笑混じりに笑うギルドマスターにソフィアは呆れと驚きを含んだ声を上げる。
「しかしこのままで大丈夫なんですか?彼に助けられた冒険者からの要望が凄いんですけど。ノインさんの待遇を良くしろって」
それに関してはソフィアも同意している。というかソフィアもノインの世話になったクチである。冒険者にクエストを紹介する事に対して重く抱えがちだったソフィアを助けたのは当時の先輩と、紛れもなくノインだった。
「良くしたいのは山々なんだが、ノイン殿自身がそれを受け取らないとこちらとしても何も出来ん」
「……まあそうですよねぇ……」
半ば諦めを含んだ声でそう返し、手に持っていたもう一つの書類を見る。
そこには、有名な冒険者や商人、貴族などあらゆる名前が書かれていた。
「どうやったらここまで恩をばらまけるんでしょうか……」
「いや全くだ。神に愛されてるとしか思えんな」
二人は同じタイミングにため息を吐いた。
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