才能のないベテランEランク冒険者だけど何故か目を付けられるんだが?

菜露 守仁

ベテランEランク冒険者

「どうかこの通り!儂の顔に免じて引き受けてくれないかノイン!」


「いや、もう何回目だよヴァンのおっさん。儂の顔って言うけどもう見飽きたぞ。俺は便利家じゃないんだが……」



微かに日の光が残った夜が始まる寸前の時刻。


そんな業務終了前の冒険者ギルドのカウンターで俺は今ギルドマスターである白髪の精悍な老人……ヴァンのおっさんから必死の懇願を受けていた。



「お前しかいないんだ!新米にしっかりと冒険の基礎や心構えを教えてくれる適任者は!勿論報酬は色を付けて支払うと約束しよう!」



こうなったのには理由がある。まず俺が冒険者稼業を始めて十年目を迎える、いわばベテランの部類に入る冒険者だからだ。


当然のことながら体を張ってギルドからの依頼を達成する冒険者は危険な仕事である。


依頼に失敗して怪我をし、冒険者を引退するのは勿論、命を落とし二度と戻ることが無かった冒険者だって山ほどいる。


それほど危険なのだ。


もちろんそんな仕事を始めて十年目を迎えることが出来た俺は貴重な存在だろう。


経験豊富な冒険者として扱われるのは悪い気分ではない。


だが、決して見過ごせない問題が一つあった。



「あのなぁ、十年続けたって言っても俺は未だにEランクの弱小冒険者だぞ?そんな奴が教えたって聞く耳なんざ持たんだろ。」



そう、俺は冒険者を十年続けてちっとも強くならなかった雑魚もいいとこの冒険者なのだ。









________________










「ったく一体何だってあんなに俺を持ち上げるのかねぇ。嫌がらせか?」



結局なおも引き下がるヴァンのおっさんを振り払ってギルドを出た俺はさっさと家に帰る事にした。


今日の分の依頼を既に換金した後から話しかけられたからそこはヴァンのおっさんも配慮してくれたんだろう。


あのおっさんから頼まれた依頼内容は「新米冒険者へ向けたベテラン冒険者による実戦も含めたクエストの準備や心構えの講義」。


何人か教えた経験のある俺が適任だと抜擢されたらしい。


結論から言おう。絶対にやらん。


冒険者にはランクがある。AからFまでランク付けされていて、推薦などが無い限り新米冒険者はFランクから始まる。


もちろんランクによって難易度が分けられており、受けるクエストには制限がかけられている。


俺はこの十年間必死に依頼をこなしてきたもののどうやら才能が無かったらしく、ランクも一ランクしか上がる事はなかった。


そんな悲惨な状態にも関わらず何が悲しくて自分から「十年やって低級冒険者のままだった人です」とひけらかさなければならんのだ。


陰口ならいくらでも叩けばいいが長時間後輩から見下された目で見られるのは流石にキツい。陰口より正面から言われる方が傷付くんだよ俺は。


……正面からのやっかみはともかく、何故か陰口を叩く者も見かけた事がないのは謎だが。


見えないところでやってるのか誰か正義感の強いやつが止めでもしているのか。まあどうでもいいことだ。


とにかく今回断ったのはそんな理由だ。そもそも下に見ているヤツの話など耳を貸すはずもない。ヴァンのおっさんには恩があるが流石に今回は断らせてもらう。


あのおっさんも昔は英雄と称えられるほど高名な冒険者だったんだが、雑魚モンスターを狩ったり採集をして生計を立てている俺を優秀だと言う辺り見る目は無いんだろうな。


それでもあの人には何度も世話になったし、何か別の形で返したいとは思っている。一応定期的に贈り物を送ったりはしているが……



「あっ!ノイン先生!」


「げ、」



そんな事を考えながら歩いているとピンク色のふわりとした髪を肩まで伸ばし、腰に剣を携えた少女がこちらに気付き、嬉々として向かってきた。


こちらとしては今一番会いたく無かった存在だ。



「げ、ってなんですか!先生と言えども流石に怒っちゃいますよ!」



胸の前に手を置きいかにも怒ってます、と言いたげな仕草をする少女にため息を吐きたくなる。



「まずは先生って呼び方を辞めろ。イオ。あとその仕草はお前のファンにでもやってろ」


「先生は先生ですから辞めるつもりはないです!あともちろん今のは先生のためだけのポーズですよ!えへへ!」


「答えになってないが」



俺がこの少女____イオと知り合った理由は別に大した理由ではない。


数年前、ギルドのクエストボードの前で右往左往としていた所を見かねた俺が声をかけて、一度クエストに連れて行ってやっただけだ。


そしたら後日なんか先生先生とクエストにヒョコヒョコ付いてくるようになった。


一時期そのせいで他の連中から「あんな可愛い子を連れやがってよ!」とやっかみを受けた。


先生先生煩い奴の面倒を見る権利なんぞ幾らでもくれてやると当時はそう思っていたが。


とまあ、せいぜい新人の面倒を一時期見ていた先輩程度の関係だった。



「……それで、お前は何をしていたんだ?」


「もちろん先生と同じくクエストに行ってました!頑張りましたよ!」


「同じって、受けるクエストの内容がまるで違うのに何言ってんだお前」


「同じ『クエスト』っていうのが大事なんですよ!先生は分かってないですねー!」


「はっ倒すぞ」



……もちろん昔と大きく変わった事はある。当然の事ながら才能の無い俺とは違ってイオには才能があった。というかあり過ぎた。


瞬く間に俺を超えていって異例の速さで成長していき、今では街を代表する程の人気Aランク冒険者となっていきやがった。


噂ではイオのファンクラブまで出来ているらしい。最早冒険者という枠組みから外れていっている気もするが……


それほどまでに大きく遠くまで成長した彼女が何故今もこうして向こうから接触してくるのか。俺には全く分からん。


とは言ってもどんな存在になろうが俺の中でイオはイオのままなので特に何も思う事は……いや一瞬で抜かれたのはちょっと悔しいわ。



「用がないのなら俺は帰るぞ」


「あっ!ちょっと待ってください。」



いつまでも世間話をしているわけもいかないのでさっさと帰ろうとしたがイオは慌てた様子で俺を引き留め、ポーチの中をゴソゴソと探し始めた。


そして何かを手に取り、俺に渡してきた。



「……なんだこれ?」


「ちょっとしばらく遠征に行ってくるのでお守りです!」



そこには小さなピンク色の人形__恐らくイオの形を真似たものだろう__が俺の手に握られていた。


なるほど、安全を祈願したお守りってことか……いやちょっと待てや。


「普通逆だろ。なんで残る奴にお守り持たせんだよ」


「先生にはこのお守りを私だと思って大事にして貰いたくて」


「無理があるわ。というかお前よくこんなもん作ろうと思ったな。」


「……っと、いつの間にかこんな時間になっちゃいましたね!それではさようなら先生!」


「は?いやおい」



そう言うとあっという間に走っていったイオ。色々と言いたい事はあるが……



「なんだアイツ……」



お守りなんか気味が悪い物に思えてきたわ。









________________










「……はぁ、疲れた」


ようやく自分の家の前に付いた。1日の後半に情報量が集まりすぎだろ。


ちなみにEランク冒険者の俺が何故自分の家なんて物を持っているのかと言われれば、これはとある人から譲り受けた家で、到底貰えないと言ったのだが結局貰い受けてしまった。


しかし住み始めてもう三年が経つが、未だにこの家の生活に慣れない。


本来譲り受けたものと言っても普通は自分の家として三年住めば慣れるものなのだ。


ガチャリ。



「……」



家と一緒に付いてきたものがなければの話だが。



「あ……お帰りなさい、ご主人、様」



ドアを開けたと同時にメイド服を着た少女がとたとたと向かってくる。


その少女の耳は尖っており、肌は褐色で、海のように蒼い目が嬉しそうにこちらの顔を覗き込んできた。


そう、いわゆるダークエルフと呼ばれる少女が付いてきた。家と一緒に。

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