漆 『営業停止命令』
〇
「さてと……」
ひとまずこの事務所にいる奴らがもう二度と誘拐をしないように【説得】しないとな。
他の奴隷達には悪いがとりあえずは後回しだ。
航が女王の娘であるカトレアを拘束していた鉄製の器具を素手で真っ二つに割ってから間もなく、クランケンと呼ばれていた男が代表室から航達を呼びに出て来た。
「用意が出来ました。こちらへ」
「……おう」
一言だけ返すとクランケンはドアを開けっぱなしにして代表室に戻っていく。クランケンが見えなくなると航はエレノアとエリンの腕を掴んで歩き出す。
「ちょ、何よもう…」
「俺の後ろに居ろ。絶対にだ」
航に触られて若干浮かれていたエレノアだが、航の表情が珍しく真面目な物だったので、現実に引き戻されて一瞬昂りかけた気持ちが落ち着いた。
「はい」
「言う通りにするわ」
『まさか、警戒してるんですか?』
少しな。女の方はまだ知らんが、男の方はそこそこ場数をこなしてる。中に入ったらよく見ておけ。言ってることが分かる。
『……ええ、分かりました』
「あの男の実力を一目で見抜いたとはのぅ……」
ババアの声が聞こえていない筈のパトリシアがそんな言葉をこぼした。
彼女は航達をこの街に連れてきてから、もはやその場にいる必要は無かったのだが航に興味があるらしく、代表室に歩き出した航をすぐに追っていた。
航が歩き出すとフェンリル達や女王、カトレアもそれに着いて行った。航からすれば着いてきてくれた方が守りやすいが、その代わり出口を塞がれるかもしれないというデメリットもあった。
馬鹿犬をアテにしてみるか。
開けっ放しの部屋に入ると、中ではコーヒーの匂いがした。代表と呼ばれていた女が向かいのソファに足を組んで座っている。
入ってすぐ前から、前向きのソファ、テーブル、ソファという順に家具が並べられていて、航は入ってソファの後ろに二人を立たせてソファに深く座りこんで脚を組んだ。
「こちら、コーヒーです」
「航、飲んじゃだめよ」
クランケンがコーヒーを航に出すと、エレノアはすぐに止めた。当然と言えば当然だろう。事務所をめちゃくちゃにされた恨むべき相手に丁寧に飲み物を出す必要はないし、出された物には毒を盛られていると考えるのが妥当だ。
だがしかし、そんなこと航にとっては全く関係無かった。
「ゴクッ、んっ」
「ご主人様⁈ 」
「ちょっと馬鹿!言った傍から!!」
「ヘェ……」
航はエレノアに止められてなお、寧ろ飲みにいったのだ。怖いもの知らずと言われてしまえばそれまで、だが航にはそれを「飲める」という確信があった。カップを傾け、一息に飲み干した。
「ふぅ……一々ビビんなこんなんで。こいつらは毒殺で満足するようなタマじゃねェよ」
「よく分かってんじゃねェかお前。そうだ、オレはそんなに甘くねェ」
女は感心したように手を叩いて航を褒めていた。先ほどまであんなに怒り散らしてしたのにもかかわらず、女は変に冷静だった。
「オレはハーフェン=ケーニギン。この店の代表だ。話に付き合ってやる。今日はここに何をしに来た」
「二つある。まずはそこの女王の娘のエルフを返してもらいに来た」
「それなら金を払え。うちの商品を持っていくんだろう?当然の対価だ」
「いや、違うな。俺らは奴隷を買いに来たんじゃない。連れ戻しに来ただけだ。お前らがこいつを所有権を主張していようがいまいが関係はない」
「そういうわけにもいかないことくらいは分かってんだろ?この際いいぜ?金じゃなくても。中々の上玉ひきつれてるみたいだしな。代わりを一人差し出せよ。特にそこのピンク髪の魔人は片角じゃねぇか。貰ってやるよ」
「えっ、あっ」
まさか自分が呼ばれるなんて思ってもいなかったエリンが硬直する。ハーフェンの鋭い眼光に固まってしまったのだ。
「お前、次に同じこと言ってみろ。本気で許さねぇぞ。あと勘違いしているようだから言っておくぜ?俺は商談をしに来たんじゃねェ。奴隷の仕入れ業者を潰しに来たんだ。それが二つ目の目的だ」
半ギレの航を見たハーフェンも固まった。それもエリン以上に。これまでの一連の会話の中で航は穏便に済ませようと会話に集中していたが、エリンのことになってつい殺気が漏れてしまった。すぐに殺気を抑えはしたが、ハーフェンには間違いなく感じ取られた。
「……何故そんなことをしようとする。お前は一般人だろう?奴隷がいた方がよっぽど快適じゃねェか。その女達も全員お前の全員奴隷にしちまえよ。そうすりゃやりたい放題命令し放題だぜ?お前も男ならそうしたいと思わねェのか」
「女のお前が男の俺の何が分かる。屈服させてなんの意味がある。こいつらは俺の仲間だ。奴隷にする気はただのひとかけらも無い。俺がただそうしたいからそうするだけだ。ただそうしたいからこの世の奴隷全員を解放する、それだけだ」
航が自分の本懐を告げると、ハーフェンは信じられないほど焦りながらテーブルに足をぶつけながら立ち上がった。
「はぁ?!!!馬鹿かお前‼ んなことしたらどうなるか分かってんのか!」
「種族問わず、めっちゃ死ぬだろうな」
「分かってんなら―――」
「関係ねぇな。俺は正義の味方をやってんじゃねぇんだ。俺は俺が成したい事を為す。それだけの理由を俺は持ってる。だから絶対にそれは成る」
その言葉で何を言ったとしても航の考えは変わらないだろうとハーフェンは確信させられた。
「くっ、狂人が!!!」
「俺からすれば、この世界の人間の方が狂ってんだよ」
「ご主人様……」
「本当に不思議な男じゃ」
『…………』
そういうと航はソファから立ち、部屋から出ようとした。
「そういう訳だ、コービットの令もすぐに次の段階に進む。とっととその稼業をやめて、別の食い扶持を探しな」
立ち尽して航を睨み続けるハーフェンとクランケンを放置して、航は先にエリン達全員を部屋から追い出し、最後に部屋を出た。
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