陸 『カトレア思うこの男は何者かと』

 予想外のフェンリルの横やりに男は少し驚いてから冷静に手を引いた。


「魔人ですか、厄介ですね」

「親子の邪魔は、ダメ。わたるが、言ってた」

「引き裂いてしまうのも一つの結果でしょう」

「フェンは、そう思わない」


暫く二人は見つめ合い、真意を探り合いをしていたが、やがて男の方が手を引いてため息をついた。


「はぁ、まったく、今日は厄日ですね。代表、代表室でお話をしていただきましょう」

「あァ?」


航で未だにいがみ合っている女が半ギレで男の方を向く。


「おいクランケン!ここまで好き放題されて話をしようだァ?これはもうそういう段階じゃねェんだよ。殺すか殺されるか、それしかねェ!」

「では、代表一人でやってください。代表や私は大丈夫かもしれませんが、この方々を相手に部下達をイタズラに潰されては後の仕事に影響します」


この女、本当に代表だったのか。どうりで態度がデカすぎると思った。


『向こうも貴方には言われたくないでしょうね』


何を言ってんだ。人の家に入るときはおじゃましますが基本だ。こんなにもマナーがなった品行方正で温良恭倹な男子になんてことを言うんだババア。


『ババアではありませんし、どちらも貴方にはまったく似合いませんね』


クランケンと呼ばれた男の言葉に思うところがあったのか―――


「チッ、何しに来たかは知らんがただで済むと思うなよお前!」


女は不満気ではあったものの、指をつんつんと航に突き刺してから奥の部屋に入り、バタンと大きい音を立てて扉を閉めた。

クランケンも航達に目礼をして後を追いかける。その部屋には数人の部下らしき人と、商品の奴隷達が残されていた。


「お主!カトレアの拘束を解いてくれ!」


その二人が見えなくなってすぐに、ランテルは今しかないというように航を呼ぶ。


「そいつがお前の娘か」


着ている服はボロボロ。元々着てあったエルフの衣装なのだろう、少し薄汚れていてあちらこちらが破けている。

髪もボサボサで、そんな手入れが出来るような、そしてして貰えるような状況や環境ではなかったと分かる。

とはいえ、髪色は母親であるランテルと同じ新緑、瞳も同じ藍色をしていた。ランテルをそのまま若返らせたような女性だった。


おばちゃんは本当に優良店だったわけだな。売り物の奴隷を維持するのには思った以上に金と手間が必要ってことか。

んな商売やめちまえばいいものを。






Cattleyaカトレア Sideサイド


「見せてみろ」


航は親子の前にしゃがみ、カトレアの脚に取り付けられた拘束に触れる。


この人間は誰?たまに王宮から派遣される人物にこんな男は居なかったはず。


「母上、この男は?」

「……ただの狼藉者だ」

「あん?気が変わるぞ?」

「わ、悪かったから、頼む!」

「え⁈ 」


カトレアは声を上げて驚いた。ランテルは人間を心底嫌っていた。カトレアにその理由は分からなかったが、今までは何があっても人間という種族の言葉に耳を傾けたりはしなかった。

その母親が目の前の男に下手に出たのだ。言葉は粗暴、態度も最悪。エルフの女王を前に傍若無人といった振舞いを崩さないどころか一歩踏み込んでくる。


一体なんなのですか。何者なのですか、この男は。


「なーにぼさっとしてる。外してやったぞ、もっと何か反応してみたらどうだ?」

「えっあっ」


カトレアが考え事をしている間に手足四ケ所の拘束を壊してくれたらしい。顔を見上げると、男は片方の口角を上げて優しい顔をしていた。


「その……ありがとうございます」

「あんだよ、母親と違って随分と素直じゃねぇか!」


そういって男はカトレアの頭に手を載せて乱雑に、軽く髪を乱した。

カトレアには父親はいない。親しい男性も、立場上一人たりともいなかった。このようにいきなり距離を詰めてくる男は初めてだった。

だが不思議と不快ではなかった。雑なようなその手付きは、本当に雑なのではなく、気を使っていながら雑っぽく見えるようにしているだけだと、カトレアはそう感じたのだ。


カトレアは分からなかった。この男が何を考えているのか。


「や、やめよ!あまり気安く触れるでない!カトレアにも余にしたことと同じことをするつもりかお主は!」

「あれは教育っつったろ。よいこにゃやらん」

「本当だろうな……」

「信じろって、言った通り娘助けてやっただろ」

「ぬぅ……」


一方航は何かを気にしたような、そして何かに気付いた素振りもなく自然にランテルと話す。


カトレアはその時から胸に何か違和感を覚え始めた。自分を放置して母親と話すその男にもどかしさを感じていたのだ。


「アナタの名前を」

「あ?」


相変わらず口から出る言葉は文字にすればすべからく粗暴だった。だけどこの男が言うとどこまでも自然体の物のように感じた。「あ?」などと言われれば言われた側は本来困惑するのが妥当だろう。

この人は怒っているのか?とか、怖いだとか、威嚇されているだとか感じるのが普通の筈なのに、この男の言葉は胸にすっと入ってくるのだ。


出会って数分、たったそれだけの時間にも関わらず、私はこの男を信頼している?安心?何故だ、何故私はこの男にここまでに安心させられている?


「アナタの名前を教えて下さい」

「航。皇航―――」


そう言って航は立ち上がり、彼の仲間達の元へと歩いていく。やがて立ち止まり背中から顔をこちらに向けて、最後にこう付け加えた。


「―――こいつらは俺の仲間だ」


私はその光景を見てしまってから、その後村へ戻るまでずっとこう思っていた。




「あぁ、羨ましい」と。

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