伍 『事務所のドアをぶっ壊す』

Otherアザー Sideサイド


 先日の【狩り】が終わってから、オレはこの事務所を出てない。


アーレス国王が世界中に奴隷禁止令を敷くために、新規で奴隷契約することを禁じてしまった。そのせいでここ数日だけでもうちのような奴隷にするために商品を拾ったり捕まえたりする業者は目に見えて仕事が減っていた。というか、恐らくウチ以外の街だと仕事なんか無い。ウチはまだマシな方だ。

一体国王が何の為にそんな禁止令を出したのかは知らんが、このままだと飯が食えない。


「ふぅ……」

「随分熱心ですね、代表」


男が熱いコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置き、話しかけてきた。


秘書のクランケン。ウチの管理は基本的に殆どこいつに任せている。

頭がキレて人との付き合いも上手いからコネも多く、重用している。


「あァ?当たりメ―だろうが、死活問題だぞこれは」

「普段の業務もこれくらい熱心にこなしてくれたら言うことないんですけどね」

「いいんだよオレは普段は適当で。全部お前に丸投げすりゃそれで済むだろ」

「優秀な自分が恨めしいですよ、ほんと」

「その分の給料は出してんだろうが、代表様に文句言うな」

「左様ですか」


多少生意気な以外は完璧な男だ。せっかくコーヒーを入れてくれたんだ、少し休憩にするか。



「にっが!!!!クランケン!」

「いつも通りに抽出しましたよ。ただし豆は給湯室の棚奥に眠っていた豆です。ちょうど今使っている豆が切れましたので節約にと」

「苦過ぎだ!飲めるわけねぇだろこんなもん。ペッペッ!」

「ちょっとやめてくださいよ事務所内で吐き散らかすの」

「だったらもっと飲めるコーヒーを淹れろ!ざけんな!」


全く酷い目に遭ったぜ。あとでこいつにも飲ませてやる。


「やめだやめ。それでオレに用か。仕事か?」

「はい、先日捕まえたエルフの仮契約がそろそろ切れます。代表に再契約をお願いしようと」

「そうか。ちゃっちゃとやっちまうか」


事務所は二区画しかなく、今オレがいる代表室と大部屋しかない。部屋を出ると他の従業員がそれぞれ書類仕事や作業をこなしていたり、部屋の隅では商品が拘束されて保管されていた。

カトレアはここに運ばれてきてからまだ間もない。この建物の入り口に近い拘束具に繋げられていた。


「よう、気分はどうだ嬢ちゃん」

「………」


カトレアは何も言わない。ただ静かに女を睨み、見据えていた。


「なんだ、今日は随分と静かじゃねぇか。どうした、悩みか」

「……」

「代表、ちゃっちゃとやるんじゃなかったんですか?」

「チッ、つまんねぇな。わーってるよ、お前は口を出すな」


繋がれたカトレアを無理矢理後ろを振り向かせ、背中の奴隷紋を露わにする。


「毎度のことだがこの紋章は趣味がワリィよやっぱ」

「私は好きですよ。私たちに金を運んできてくれます」

「はん、違いねぇな」


女はカトレアに再度紋章を埋め込む為にハンコを押し込む。


「あづッ!くっ!」

「さて、おいクランケン。オレの血を持ってこい、まだこの前抜いた分が余ってるだろ」

「はい、こちらに」


女はクランケンの手に持った自分の血液の入った瓶を手に取る。先端に蓋に付いている小型のスポイトに血液を吸い込ませてカトレアに近づく。


「おら、口開けろ嬢ちゃん」

「…………」


しかしカトレアは頑として口を開かずにただ女を睨んでいた。


「……しゃーねぇな、クランケン」

「はい」


命令されたクランケンはいつも通りの手順を踏む。


「ウ゛ッ‼ 」


カトレアの鳩尾に拳を叩き込み、うつ伏せに転がしたら馬乗りになって顎を上げさせて鼻を摘まむ。

手慣れたその動きは見事なもので、三秒かからずにカトレアは口を開けられてしまった。しかしカトレアも頑として譲らない。体の動くままに暴れていた。


「おら、暴れんな。目に入れられたくなかったら―――」


ドゴォォォォォォォォォン!


瞬間、女の背後で爆発音にも似た爆音が鳴り響いた。


「おじゃましまァァァァァァァァす!!!!!!」






Wataru Sideサイド


それは史上最速の飛び蹴りだった。


二十センチ程の厚さの鉄扉を軽々蹴飛ばし、取り付けていた枠組みもろともその部屋の中にぶっ飛ばした。

その破片がエルフに馬乗りになった男に激突し、男は数メートル後方に飛ばされた。


「す、すごい……」

「たーまやー」

「「たーまやーわん(わふ)」」

「これはとんでもないのう!思っていた以上なのじゃ」


航は誰も待たずに一人で中へと踏み入る。そうしてすぐにある女と目が合った。

殆ど下着のような格好をして、赤と白のメッシュのめちゃくちゃに入り混じったグルグルの短いツインテールを後頭部に結んでいた。

目つきは相当悪く、目の下にクマも出来ていて不健康だったが顔立ちは相当整っていた。


あいつでいいや。


「おい」

「なんだテメェ」

「お前がここの代表か?」

「なんだテメェはって聞いてんだよ」

「魔法使いだよ見りゃわかんだろがよ」

「分かる訳ねェだろ事務所ぶち破りやがって殺すぞ」

「あ?」

「あ?やんのか?つかやる気マンマンだわな。ここまでコケにされたのは初めてだぶっ殺してやる脳筋が!」

「お前が代表かって質問に答えろクソビッチ」

「だったらなんだってんだよ?」

「仕入れをやめろ、次やったらぶっ飛ばすぞ」

「あァ?何様だテメェ、オレに指図してんじゃねェぞ」

「黙って言うことを聞けガタガタいわすぞブス!」

「やれるもんならやってみろ返り討ちにしてやるよブス!」


その光景は非常にシュールだった。

男と女で身長差はあったが、お互いが額をぶつけ合って、似たような語彙で罵り合うその絵面はまるで鏡写しのようだった。

そして何より美男美女同士がブスと罵り合う光景はこれ以上になく珍妙だった。


『ヒィーーーー!!!!アッハハハハハ!!航がっ!航が二人いる!!!!アハハハハハッヒィー!!!コホッ!カハッ!ッハハハハハ!』

「両方とも口汚過ぎるわ……」

「あ、あはは……流石にちょっと怖いですね」

「ほう!似ておるのあの二人!」


皆が二人の舌戦(?)に夢中の間に、ランテルは静かに娘の元に駆け寄った。


「母上!母上の魔力に気付いておりました」

「そんなことは後で良い、今すぐ拘束を解いて―――」

「そこまでにしていただきましょうか」


気付けば破片に飛ばされたはずの男がエルフの親子の背後に立っていた。

音もなく手を伸ばし、ランテルの後ろ首を掴もうとしたその時―――


窓の無いはずのその部屋に、一陣の風が吹き込まれた。


「おいたは、厳禁」


フェンリルが男の手を横から片手で抑えこんでいた。

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