肆 『工業都市リーゼルハイン』
「ん゛ん゛っ」
航は咳ばらいをして話を区切る。まだ会ったこともないような奴、それも話を聞く限りロクでもないようなやつと似ているだのそっくりだの言われて若干不快なものを感じていた。
「つか女なんじゃねぇかよ。俺はどう見ても男だろ」
「…………頭に血が上っていて忘れていた」
「コイツッ!!!!」
「ヒッ⁈ 」
ランテルはまた同じようなことをされるのかと自分の身体を抱きしめて身構えたが、それを見て航はこれ以上責める気が失せたようだ。
そしてランテルもランテルでそんな航を見て意外そうな顔をしていた。
「ハァ。おいチビ、そいつの居場所は分かんのか?」
「おい小僧!わらわはチビではないのじゃ。パトリシアと呼べ。これでも三桁の年は生きているぞ」
「そうか、そういう設定なんだな?分かった悪かった尊重してやる。それでチビ、質問に答えろ」
「小僧…お前近いうちに酷い目に遭うぞ……」
少し不満はありつつも今はこれでいいと妥協したのか、パトリシアは息を一度深く深呼吸をして指を鳴らす。
そうすると突如として航達の足元にいくつもの魔法陣が現れた。
「あん?」
「な、何これ」
「魔法陣が光っています……」
「そやつに用があるんじゃろ?やつの根城に連れて行ってやる」
そんな便利な魔法があったのかよこの世界。
『恐らく【
ってこたァこのチビ、俺よりレベルが高いのか。
『そうですね、大体貴方のシステムで換算すれば、七十くらいはあるんじゃないですか?』
おうおうそりゃ随分と。いきなり本拠地に行こうと言うくらいはあるじゃん。念のためだ、一応警戒しとくか。
「おいエリン!こっち寄れ!」
「えっ、あの」
急に航に呼ばれたエリンは取り乱す。寄れという言葉の意味を理解はしていたが、エレノアやフェンリルが見ている中で堂々と航にくっついていくのは気が引けたのだ。
「ほら、俺のところに居ろ」
「あの、は、はい……」
結局もじもじしていたら手を引かれて航の脇に収められた。嬉しいような申し訳ないような色んな感情が入り混じって複雑だったが、その顔はだらしなかった。
そして魔法陣から離れたはずだったが、その魔方陣はエリンが移動すると同時に着いてきていた。
「え、えへへ……」
「もう、ほんと。エリンちゃんばっかり」
「えこひいき」
「エレノアはさっきまで守ってやっただろ、文句言うな。馬鹿犬は論外だろ今回に関しては」
「何をやっておるのじゃお前ら……ほれ、もう飛ぶぞ」
「いつでも来い」
航、エリン、エレノア、フェンリル、シロ、クロ、ランテル、パトリシア。その全員の足元の魔法陣が一際強い光を放つと視界が眩しく、目を開けていられなかった。
一瞬の浮遊感の後、目を開けると、そこは見たことのない街だった。
「なんだここは」
『なるほど、そういうことですか』
「ここは工業都市リーゼルハインじゃ。工業が盛んで商業都市への卸業者も多く、アーレス王国の重要な街じゃが……」
「治安が悪すぎるのよ、ここ。お父様が言っていたわ。犯罪がそこらかしこで蔓延していて、違法な薬物や売春、奴隷の違法なオークションも存在しているって」
「空気も悪い。フェンはここ、好きじゃない」
皆はあまりいい顔をしていないようだった。
その街は多くの高い建築物が乱立していて、その幾つかからは煙が出ている。機械の稼働する音が街の外からでも聞こえ、オイルの匂いがそこらに充満していた。
道はしっかり舗装されているが、道脇には寝ている人間やゴミが転がっており、一目でそこに住んでいる人間の民度が分かる。
はーん。訳アリ都市、もしくは王国のゴミ溜めってところか。
『その認識で間違っていません。確かに生産性を重視した都市で技術者なども多くいる重要な都市ですが、反面では汚職や賄賂が横行していて善人が住むには最悪の街ですね』
「いかにも、悪党の棟梁がいるって感じだな」
「この先にカトレアがいる……私は行く!」
「おいこら!先走んな」
ランテルが唐突に駆け出し、皆はそれを追いかけて走り出した。
「おい!娘の居場所分かってんのかお前!」
「距離が近づいたおかげでカトレアの魔力を感じ取った!すぐ近くにいる!」
『流石はエルフですね。魔力感知に長けているだけのことはあります』
「……ランテル、今日は素直?なんで?」
「フェンリルも知らなくていいのよ。色々あったの」
「……あはは、なんかわかっちゃったかも…」
走っている最中、航達は何度も何度も周囲からの視線を感じた。
建物の窓から、裏道から、道の隅から。品定めをするような気持ちの悪い視線は止まなかった。
気分がワリィな。
『仕方ありません。若い女性がこんなにもいるのです。貴方がいなければあるいは既に……』
うっげ、そこまでかよ。初めにこの街に来なくて正解だったな。
『本当にその通りだと思います』
一行がランテルの後を追うように走っていると、暫くしないうちにランテルが足を止めた。
「ここだ、ここからカトレアの魔力を感じる!」
その建物は周りものと比べると少々小柄だった。ただし、表面には窓が一つも無く、表の扉も鉄製。店や事務所というよりも小さな要塞のようにも思えた。
「いかにもって感じで胡散臭いわね」
「行くのならわらわもついていくぞ?手伝いはせんがな」
「何を言っている!行くに決まっているだろう!カトレアがここにいるのだぞ!」
「はいはいうるさい、全員俺の後ろだ。異論は帰ってから言え、無視するから」
「なっ!お主一体どこまで―――」
「大丈夫、ランテル。ここはわたるに、任せる」
フェンリルがランテルの肩を手で抑えてサムズアップをすると、ランテルが不思議な顔をして言葉を詰まらせた。
「何を……」
鉄製のドアにはドアノブが無かった。だがその代わりに高い位置に中から開けられる小窓があった。
この穴から来た客判断して開けんのか。随分と用心深いじゃねぇか。コービットもこれくらい厳重にやって欲しいもんだ。
「ちょっと下がってろ」
「は、はい!」
「え?ちょっと、航?」
「ほら下がる。巻き込まれる」
「「逃げろー」」
「お主一体何を⁈ 」
航は少しドアから距離を取り、腰を下げて自分に魔法を掛けた。
「【
『ここのところ【身体強化】がお家芸になってきましたね』
「み、皆さん!魔力障壁を展開します!」
「な、なんだ。何をするつもりだお主!」
「ほれ、危ないぞランテル」
エリンが何かを察し大声を出しながら魔力障壁を展開すると、エレノアとフェンリル達はそそくさとその背中に隠れた。流石に航が何をするつもりなのかを察したのだろう。短い付き合いだが航は脳筋で、ゴリ押しをする場面が多いのは皆承知していた。
一人で訳も分からず右往左往していたランテルもすぐにパトリシアの魔力障壁内に引きずり込まれた。
「行くぜ!」
助走の為にとった距離を一歩で突っ切り、右足を前へ伸ばした。
「おじゃましまァァァァァァァァす!!!!!!」
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