弐 『エルフの女王』

 航とエレノアが通されたのは集会所のような場所だった。中は七十人は入れる程には広く、円形の木造テントのような構造になっていた。航達はその中央に立たされ、周囲を二十人程の武器を持ったエルフ達に囲まれていた。


その中で航は魔法のロープで腕を前で縛られ、エレノアはすぐ隣に付き添っていた。


「ねぇこれ本当に大丈夫なんでしょうね?! 」

「そこは女王次第だな。まあ最悪お前逃がすくらいは出来るから、安心しろ」

「私は嫌よ、あなたを置いてくなんて」

「あまり可愛い事を言うな、逆にお前を置いてくぞ」

「か、かわっ!!!えぇ?! 何よこんな時に!」

「おい、捕虜があまりペラペラと喋るな」

「うるせぇ黙ってろ。持ってる槍諸共へし折るぞ」

「な、なんなんだよお前…」


すぐ二人の後ろで槍を持って監視をしていたエルフが航のトリッキーな言葉に困惑している。

それもそのはず、これほど態度の大きい捕虜など見たこともないからだ。


『やはり誰しもが同じようにその感情を抱くのですね。本当になんなんですか?貴方は』

「ただの魔法使いだ」

「ハァ?」


どこまでも意味が分からないというように首を傾げていたが、それ以上は怖気付いたのか航に口出しすることはなくなっていた。

エレノアは顔を赤くして膨れていたが、誰かが近付いてくる足音が聞こえるとそちらに真剣に向き合った。


「平伏せよ!女王ランテル様の御到着だ!」


その声と共にその場にいるエルフの全て、そしてエレノアがその場に傅く。

やはり航は微動だにせず、立ったまま胸を張っていた。


「…あなたねぇ!」


エレノアが小声で非難していた。最初は穏便に話を進めるために傅いてやろうかとも思ったが、エルフ達の態度が予想以上に悪いので何くそという気にさせられたのだ。


まぁまぁ、任せろって。前もこれで上手くいったからな。


「っ☆」


文句を言いたげなエレノアに軽くウィンクを返してやると顔を下を向けてぷるぷる震えだした。


これでいいだろ、リラックスしたろ。


『貴方という人は……』


な、なんだよ。今日多くねぇかそういう意味深なやつ!


『……いーえ、もうなんでもないです。気にしないでください』


イーミ分かんね。言いたいことありゃ言ぇあいいのに。




暫くすると奥の天幕から誰かが姿を現す。

それは周囲のエルフとは一線を画す容姿だった。

女王は細長く美術品のような脚を外に出し、派手過ぎない金色の王冠を上下させながら歩く。

先端部分には宝玉が嵌め込まれ、リングが幾つもぶら下がっている錫杖を突き立てていた。

ここに来るまでの間、航は金髪や、銀髪のエルフしか見なかったが、女王は違った。

その髪は新緑と言うに相応しく、それに反したように藍色の瞳が輝く。


それはどこまでも女王を感じさせる女だった。




女王は航を見据えたまま、何も言わない。

周囲のエルフは航の傲岸不遜な態度に顔を顰めていたが、彼らがそれをコービットの臣下達のように咎める事は出来ない。


ここに連行するまでの間、航はずっと両手を魔法の縄で縛られていた。防衛隊長の女はその傍若無人な人間を燻る反骨心からビビらせてやろうと思い、様子を見て航に一撃かましてやろうとしていた。

だが、ただの一秒たりとも隙が見つからなかったのだ。


航はその間、ついていかせたエレノアと世間話をしていた。それは延々と生産性の無い話ばかりで、暗号を警戒したエルフの一人がそれを咎めたが、強い殺気に押され、それからは黙りこくってしまった。

それならばと、隙だらけの隣の金髪の女を人質にとってやろうかとも思ったが、手を出そうとする直前に先程とは比べ物にならない程の威圧感を感じ、男を見ると、男は首を軽く回してこちらを見ていた。目がしっかりと合ったのだ。


女は戦慄した。


今もし、この金髪の女に何かおかしな事をしていたら、自分はこの男に殺されていただろう。

この男は魔法の縄で手を縛られているのだ。人間に魔法の縄を外す膂力はない。この男は自分達に襲われたとしても抵抗は出来ない。その筈なのに、どうしても手が出せなかった。


女、そして周りのエルフ達は、航の存在感に恐れ、屈してしまった。




「ふん、情けのない」


周囲に向けて言ったであろう女王の一言がその場にいたエルフ達の心を抉る。ナツミ村で優秀な人材をわざわざ集めてもこのザマかと、女王が言っているような気がした。


「よう、話をしに来たぜ」

「控えろ、人間の話を聞くつもりはない」

「俺を仕入れの代表だと思ってるらしいが人違いだぞ」

「余は今機嫌が非常に悪い。次はない、口を閉じよ」

「知らね、話を聞け。その代わり姫様とやらを取り返してやってもいい」

「その口を閉じろ無礼者!この場で私がお前達を生かしている事がそもそもの気まぐれだ!つけ上がるな人間!」


娘の事を言い出すとキレる辺り図星だな。本当に娘攫われたのかよ。

この世界誘拐多くね?マジで物騒だな。


「何言ってんだお前、会話をしろ会話を。それとも何か?俺ら別々の言語で話してる今?そりゃ通じねぇわ」

「貴様?! そのように余を愚弄するか!」

「だったら会話をしろ会話を!!!」


そろそろイライラしてきた航は声が荒くなる。

エレノアは隣で黙って聞いてはいたが汗がぽたぽた床に滴っていて気が気じゃないらしい。

航も聞く耳持とうとしない女王への限界が近かった。


「ともかく、俺とその代表とやらは別人だ。ここには別の仕事に来たんだぞ俺。巻き込まれただけだ!」

「聞かぬ。お前のような人間など───」


───プッチン


航の中で何かが切れる音がした。


「だァァァめんどくせぇ!!!!ちょっとこっち来いテメェ!!!教育してやる!!!」


ブチィッと、魔力の縄を無理矢理引きちぎった。


「えっ、はぁ?! 嘘ォ!」


ここに航達を連れて来たエルフの女を初めにこの場の全員が吃驚する。


「な、なんだお主!近寄るでない!! 誰かこの野蛮人を止めよ!」


こめかみに青筋を浮かべてランテルにズカズカと近寄る航の前に、二人のエルフが駆け寄り、航の行く手を遮った。


「止まれ!それ以上女王様に近寄るな!! 」


しかし航は依然として止まらない。

そうして近寄った事で突き出された二本の槍の刃を片手ずつ掴んで───


「ラァッ!!!」


【身体強化】でそのまま握りつぶした。


「!? 」

「航?! 」

『……いつの間に人間をやめたんですか?』


航の予想外の行動にはそこそこ慣れているはずのエレノアですら声を出して驚いていた。

フェンリル達から稼いだレベルのお陰で、身体能力のステータスが数週間で遥かに上昇していたのだ。


「豆腐を向けるな。ヤル気あんのか」


なんて言い草だと、航は自分で言ってて思った。


「な、なんなんだお主のその膂力は!! 」

『プッ!アハハハハッ!! 豆腐!豆腐って航貴方!!!アハハハハッ!!!ヒィーヒィーー!!!』


ババアは何故か豆腐でツボっており、刃を潰された二人は使い物にならなくなった槍とお互いの顔を見合わせ唖然としていた。


「おらこっち来い!」

「い、嫌だ!何をするつもりだ!! こら触るな人間!!!」


錫杖を持った方の手首を掴まれたランテルは必死に抵抗するが、当然力及ばず天幕の奥に連れていかれた。

もはやその場の誰もがそれを見ていることしか出来なかった。

先程の槍の刃のようにはなりたくないエルフの精鋭たち、抵抗することを諦めた隊長の女エルフ、航に取り残されて立ち尽くしているエレノア。


「余に何をするつもり、ちょっ!やめよ!!どこを触って!ヒッ?! 何を!や、やめ!いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」


誰も見えない天幕の奥で何かが行われていた。

はて、何が行われているのだろうか、誰にも分かりはしないだろう。


その日、村中にランテルの声が響き渡った。

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