第二章

壱 『集団ストーカーに襲われています!2』

 俺は忘れていた。ババアのあの言葉を。




この世界に来た最初の最初。俺はどの町に行くべきか迷っていた。


「ナツミ村」

『住人全員がエルフですので、種族関係の悪い人間が近づくと攻撃してきます』

「次!」




そう、すっかり忘れていたのだ。人間とエルフは種族関係が悪いってことを。


でも正直よ、俺はそんなの大したことないと思ってたわけよ。攻撃してくるってったって話くらいは通じるだろ?

こちらに敵意がないって分かりゃエルフも手を出してこないってそう思ってたわけよ。




ここまで言って察しのいいヤツはもう分かっただろ?

そうだよ。まただよ。



また―――



「人間だァァァァァァァァァ!!!!!!」

「逃がすなァァァァァァ!!!!!捕まえろォォォォォォォォォ!!!!!!」

「ひぇぇぇぇぁぁぁああああああ!!!!!!」



数百人のエルフに追われてんだよォォォォォォ!!!!!



今日も俺は元気だ。











フェンリルが荷馬車を全力で走らせてエルフ達から逃げる。

航達は数日かけて商業都市スラマバータからエルフの住む領域であるナツミ村に向かって公道を荷馬車で進めていた。

今、航達はナツミ村に到着する直前に森に隠れていたエルフ達に唐突に矢を射かけられ、そのまま反転して逃げようとしていた。


「おい、俺ら馬車なんだぞ‼ なんであいつらあんなに速ぇんだよ!!!」

「エルフは!身体能力が!高い!」


エルフ達は公道脇に自生している木々を次々と飛び越えて追いかけてきていた。そのスピードは馬車よりも速く、暫くしない間に回り込まれてしまうことが目に見えた。


「航!もう追いつかれるわ!」

「ご主人様……」

「「(ぷるぷる)」」


エリンが怯えた表情で航の裾を摘まむ。

初めに飛んできた矢は床で寝ていたシロとクロの間にささり、その矢に怯えて二人は抱き合ってぷるぷる震えていた。


マズいな。俺なら一人で逃げられる。

なんなら【身体強化】と【疾走スプリント】の重ね掛けで後二人くらいなら担いで走ることが出来る。その方が荷馬車より絶対に早く走れるだろうが、かといって馬鹿犬達を荷馬車に置いていくわけにはいかねぇ。どうすりゃいいんだよ……


『……少しエルフの様子がおかしいです。人間を嫌っているエルフが多いのは事実ですが、あそこまであからさまに敵意を撒き散らして襲い掛かることは今まで無かった筈です』


そうなのか⁈ そうは見えないぞあいつらの顔!


「許さねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「姫様を返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

『殺す気満々ですね』


そうだよ!!!説得力がねぇんだよ‼

なんか姫を返せって言ってるけどお前なんか知らないのか⁈


『知りませんよ。私はこの頃ずっとあなたに張り付いてるんですから』


本当にお前なんなんだよ!!!しょうがねぇなァ、答えてくれるか分からんが飛んでるやつに聞いてみるしかねぇ!


「うおい!!!!お前らなんで俺らを攻撃するんだ!!!!」


身体を荷馬車の後ろから乗り出して大声を出して近くの木を飛んでいるエルフに聞いた。


「何を白々しい!!!お前達が姫様を攫ったんだろうが!!!その後ろの小さい二人も、お前が無理矢理拉致したんだろう!」

「ハァ⁈ 俺は知らねぇよそんなもん!!!!」

「嘘をつくな!!!荷馬車に乗った人間が、姫様を攫ったとネタは上がってるんだ!!!姫様を返せ!!!!」


もう一人近くを飛んでいた女のエルフが鬼の形相で会話に割って入ってきた。


「ぇ待ってこいつらの姫様居なくなったこと、俺の仕業にされてんの⁈ おいエレノア!コービットがなんかしたのか⁈ 」

「私そんなの知らないわよ‼ でもお父様は何度もエルフの村に使者を送ったことがあるけど、こんなことになったことはないわ‼ ちゃんと皆帰ってきていたもの‼ 」


じゃあもう本当になんなんだよこいつら!!


『現エルフの女王は聡明な人の筈です。短期なのが珠に傷ですが、こうして無差別に人間を攻撃するようなことはしない筈です』


娘攫われてブチ切れてなりふり構わなくなってるってことか?

ならババア!お前を信用するぞ!


『え、何を―――』

「馬鹿犬!!!荷馬車止めろ!!!」

「ご主人様⁈ 」

「航⁈ 何言ってるの?!!」

「なんで!捕まっちゃう!」

「「ご飯になるわん(わふ)!!!」」

「大丈夫だ、俺を信じろ!」


荷馬車の全員が航を心配そうに見る。本当ならこのまま逃げてしまった方がいいんじゃないか、撃退するなら止めなくてもいいんじゃないか、色々と言いたいこともあった。

だがこのパーティは航を中心に集まった女しかいない。大丈夫だと言ってくれた航の決断にあれやこれやと言える女は居なかった。


「大丈夫だ」

「……じゃあ止めるよ」


念押しした航を信じてフェンリルはそう言って荷馬車を止めた。そうすると周囲に飛んでいたエルフ達がすぐさま馬車を全方位から囲み、航達の進路と退路を断った。

その数、約三十人は居て、全員が様々な武器を構えていた。


「ご主人様……」

「航……」

「任せろ。お前らは中で待っていろ」

「「フェン様ぁ~」」

「私たちは、平気。二人とも、心配しなくていい」


航は五人を置いて止まった荷馬車から飛び降りた。


「よう。攻撃をやめろ、俺らは何もしてねぇ」

「黙れ!!!もう私たちは人間の言葉に耳を傾けたりはしない!姫様をどこにやった‼ 」

「知らん。いい加減にしろ。見ての通り馬車にも俺の仲間しかいねぇ」

「嘘をつくな!!!奴隷商人の仕入れ業者のボスは口が悪いので有名だ。お前のような野蛮人が他にいるわけがないだろ‼ 」

「あ?喧嘩売ってんのかぶっ飛ばすぞ」

「ヒッ⁈ ほ、ほら見ろ!みんな!こいつが仕入れの代表だ!!!間違いない!!!」

『あちゃ~……』


意気込んで出て行ったが、偶然にも真犯人との意外な共通点のせいで、結果は火に油だった。


周囲を見渡し、強そうな奴―――ボス―――はいないように見えた航は一つ暴挙に出た。


「俺をお前らの女王のいる場所へ連れていけ。お前らじゃ話にならねぇ」

「な、何を‼ 姫様だけじゃ飽き足らず王女様まで攫おうというのか!」

「攫わねェよ馬鹿!俺の手なら縛っていいから連れていけ。出来ないならこのままお前らをぶっ飛ばして帰る。選べ」

「貴様が私たちに指図出来る立場だと思って―――」

「指図出来る立場だろうが。たかだか三十人程度で俺を止められると思ってんのか。こっちは平和的に話を進めたいからこうやって譲歩してやってんだ。次はねぇぞ?」


航と話していた二人のエルフは殺気を感じた。

森や泉に好んで住むエルフは血に飢えた野生動物と接触して戦闘することも多々あるが、彼らが感じたその殺気は彼らが生きてきた中で、類を見ないほどのものだった。

思わず足が竦んで一歩後ろに下がってしまったが、二人は顔を見合わせて返事をする。


「い、いいだろう。ただし馬車のいるやつらも全員連れていく」

「ダメだ」

「なっ―――」

「だけどもう一人だけ人間が乗ってる。そいつを縛らないのならそいつだけは同行させてもいいぜ。あとは村の外で荷馬車に見張りつけて閉じ込めておきゃぁいいだろ」

「勝手なことを―――」

「よせ……いいだろう。ただし、お前とその人間の武装を解除させろ」

「分かった、従ってやる」


男と女のエルフ……女の方はまだ話が通じるみてぇだな。

エレノアも一応姫だからな、いきなり乱暴をすることもないだろ。


『本当に大丈夫なんですか?』


いや、知らん。ここまで来たらあとは女王がぽんこつじゃないことを祈るだけだ。


『それなら大丈夫だと思います………多分…恐らく………きっと…もしかした、ら?』


おいマジかお前!嘘だろお前!!!


『い、いえ!多分大丈夫です!大丈夫‼ 絶対…はい……絶対?』


もう、だめかもしれない。


航は自分がエルフを皆殺しにしてしまうことの無いように祈るばかりだった。

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