幕間 『エルフ、ナツミ森にて』

 カトレアは飛んでいた。


後から彼女に追いすがるのは覆面を被った人間達。元来、人間よりも身体能力の高い種族であるエルフのカトレアには、人間である彼らの身体能力では絶対についていくことは出来ない。しかし彼らはどういうわけか、見失うことなく追跡することが出来ていた。

カトレアは既に全速力だ。木の幹と幹の間を飛び越えて移動していたのにも関わらず、彼らは同じスピードで追いかける。それもわざわざ一定距離を保って。

これはカトレアのスピードよりも人間たちの方が速いこと、そしてただの人間の集団ではないことの証明だった。


「マズイわね、誘導されてる」


そう気付いた彼女は目ぼしい大木を見つけて、そこへ一度身と気配を消す。

しばらくして先へ飛んでいく彼らを後目に元来た方向へとまた飛んだ。狩りの最中に狙われたおかげで、かなり森の深い領域まで踏み入れてしまった。


だけど、これで帰られる。皆にこの事を教えないと。


カトレアはほっと胸を撫で下ろした。


「どこへ、行くつもりだァ?嬢ちゃん」

「⁉ 」


飛び越えようとした先の幹に一人の女が立っていた。敵意に敏感なはずのカトレアが声をかけられるまで気付かなかったのだ。

ギリギリ一本前の幹で脚を止めることに成功したが、気が気ではなかった。女が懐に手を入れていたからだ。


「誰」

「聞くなよぉんなこと。見ただけじゃあ、わかんねぇか?」

「……」


女はへそまでも丈がない黒いキャミソールにハーフパンツとかなり軽装だった。赤色と白色の髪色が入り混じったグルグル巻きの短いツインテールを揺らし、懐からタバコを取り出して火をつけた。


「ふぅ……どうだい、嬢ちゃんも」


もう一本タバコを取り出し見せつけてきた。


「結構です。言っておくけれど、私はあなたよりもきっと年上よ」

「ハァーー………不味いな、こいつも品質が下がったか?…んァ?なんだって?悪いな、ここのところ耳の通りが悪くてよ。嬢ちゃんに耳の掃除を頼みたいと思っていたところなんだ」


それは完全にカトレアの神経を逆撫でするための言動だとカトレアは見抜いていたが、その態度が腹立たしいことに変わりはなかった。


この手合いは相手にしない方がいい。逃げよう、戦う必要はない。


「御託は結構です。そこを退いてもらいます」

「気の早い嬢ちゃんだ。そんなんだから、オレの幻術に気……な……だぞ」


あれ、奴の声が。視界が、歪んで……。どうし、ていつの間に……。


身体が崩れ落ちていくのを感じるのに、抵抗が出来ない。しばらくして視界が完全に暗くなり、考えることも出来なくなったところで意識が事切れた。

最後に見たのは女のつまらないものを見るような目だった。











「ふぅ……仕入れも楽じゃないねェ」

「代表、今日はこれで最後です」


覆面の男の一人が女に話しかける。女はタバコを落として踏みつぶしながら男の方を向いた。


「あァ、お疲れさん。ならもう撤収だ。金持ちに吹っ掛けられる上物も手に入ったしな」


そう言って意識を失ったカトレアの頭に脚を乗せる。


あいつらはエルフってだけで金を出すからな。いい金ズルだ。


「あ?」


異変に気付いてうつ伏せだったカトレアの身体を軽く蹴飛ばしてひっくり返す。

エルフは薄着な装束を好み、露出が多い。カトレアの服も露出はそれなりに多く、乱暴に扱われて上半身がはだけていた。


「コイツ、オレより胸デケェな……引きちぎってやろうか」


わざわざしゃがんでカトレアの胸を引っぱたく。

引っぱたかれた彼女の胸抵抗なくしばらく揺れていた。


なんだこの乳は。揺れ過ぎだろ。


試しに揉んでみようと触れると指が際限なく沈んでいく気がした。


やぁらかっ‼ なんだこれ!


自分の胸と触り比べると感触の柔らかさが天と地程の差があると知り、そして余計に腹が立った。


「ちょっと、やめてくださいよ?売り物にならなくなります」

「わーってるよ、冗談だ冗談。言ってみただけだ」

「この前もそういった後に何人か壊してたでしょう。せっかくの仕事が無駄になるんで、やめてください」

「チッ、わーったわーった。うるせぇなァ」


しばらく話していると、二人の立っている木の下に荷馬車が到着していた。


「分かったのなら結構です。会社に戻りますよ」

「へいへい。ったく、帰ったら酒を出せよ?それもいい酒だ。それくらいの商品は手に入ったんだ。いいだろう?」

「今日はもう代表の分の仕事もないですからね、いいでしょう」


そう聞いて意気揚々と荷台に乗り込もうと木から飛び降りると、荷台から部下の一人が走って出てきた。


「だ、代表‼ 大変でさァ!」

「あん?なんだァ?」


頭のフードが脱げてしまうほど焦って女の元に駆け寄ってきた。


「国が、国王が!奴隷の仕入れを禁止にしやがりました!!!」


なんだそりゃ、どっから出てきたんだ、んな話。


「はァ?何言ってんだお前。んなもんガセに決まってんだろ。大体国王になんの得が―――」

「本当なんでさァ‼ 救世主に頼まれたとかなんとかで……とにかく!このままじゃ俺らの飯の種がなくなっちまう‼ 」


面倒なことになったと目頭をつまんでタバコを加えて火をつける。

酒の良い気分だったのが一転して不機嫌になる。


「ふぅ……とりあえず帰るぞオラ、ちんたら運ぶな殺すぞ」

「へ、へい!」


屈強な覆面にカトレアを運ばせて荷台に入り、女は考え事を始めた。


「面倒くせぇやつが現れたもんだぜ」

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