幕間 『第一回女子会』

 これより先は一夜の秘め事。

うら若き乙女達のささやかな会合。

その花園には一片の煩わしさもなく、完全なまでに清い空間。

ただひたすらに澄み切った場所。これは皇航の仲間である可憐な少女達だけの時間。


 

 第一回、女子会。その始まりである。






♡ Elin Side ♡


エレノアの部屋に招かれ、中へと入ると既にフェンリルとシロ、クロがソファに腰掛けて彼女達を待ち受けていた。


「エレノア、遅い」

「「おそいわん(わふ)」」

「はいはい、勝手に押し掛けといてなーにーよ」

「フフッ、私はお茶をお入れしますね?」

「私はエリンちゃんがせっかくお茶を持ってきてくれたから、市販のでもよかったらお菓子を出すわね」

「「食べるー!」」


シロとクロの綺麗にそろった声と動作は見ていて気持ちの良いものだった。


「んもう、さっきご飯食べたばっかりなのに。フフッ」

「語尾を忘れるほど嬉しいんですね。育ち盛りなんでしょうか」

「シロとクロは、もう大人のウルフ。これ以上は、大きくならない」

「「嘘っ!! 」」


二人は目をぱちくりさせてエレノア達を見ていた。その体躯はおよそ12歳ほどの少女と同じくらい小さく、まるで大人のそれには見えない。当の本人達は何を言われているのかよく理解出来ていないのかお菓子を待って足をパタパタしていた。そう、パタパタしていたのだ。ソファに座っていても、床に足が着いていないのだ。


「……聞いたことがあるわ。魔物が魔人になる時は元のポテンシャルの合計を全てそのまま反映するから、大人でも子供でも魔人になった時に真逆のような身体を手に入れる事があるって」

「そうなんだ……知らなかった」

「え、待って。という事はこの二人……」

「身体は大人だったのに、身体がこんなに小さいという事は他の何かが足りなかったということですよね?」


一度は顔を見合わせたエレノア達はシロとクロにゆっくりと顔を向ける。

そこにあったのはまさしく、気付かなくて良いことに気付いてしまった者の表情だった。


「……もしかして…………知能?」

「あっ、あの!この話題やめましょう?エレノア様!」

「そ、そうね。あまり良い話題じゃなかったわね。ごめんなさい」


エレノアわざわざ頭を下げて謝った。その謝罪は心中に罪悪感や同情が同居しているのが目に見えるようだった。


「二人とも、充分立派な魔人」


フェンリルだけは両脇に侍らせたシロとクロの頭を撫でる。撫でられた二人は気持ちよさそうに目を潜めてフェンリルの手に頭を擦りつけていた。


「というか、フェンリル?あなた最初の頃と話し方が随分と変わっていない?」

「あれはキャラ付け。ウルフはカッコ良くあるべし。これ常識。でも航に敵わなかったから、やめた。凄く疲れるし」

「あ、あはは。仕方ないですよ。ご主人様のような人はなかなかいないですから」

「居ないわよ絶対に。あんなのが他にもいてたまるもんですか」


謎の一体感がこの場で生まれていた。航を良く思う少女達だけが集まったからこそ、この空気が出来上がったと言っても過言ではない。

言い方や感じ方は様々だが、皆間違いなく航が大好きなのだ。


ご主人様、もうこれ以上増やさないで欲しいなぁ。


エリンの心には、そんな切実過ぎる願いがあった。

エリンにとって、エレノア一人だけでも強敵だったというのに、短期間でこんなに増やされると本当に困ってしまう。勿論皆が嫌いな訳では無い。寧ろ、奴隷である自分に皆良くしてくれている。

でもそれとこれとでは話が別なのだ。


でも私だって頑張りますからね!ふんすっ!


このようにやる気は満々だが、なにぶん小心者なので大胆なアピールは出来ない。初対面の時にキスをしたのは寧ろ航をよく知らなかったからと言えるだろう。今また同じようなことをしろと言われても絶対に無理だ。

アピールをするだけならそこまでしなくても良い、と誰もが思うだろう、だが事はそんなに簡単ではない。

何処に行くにしても航がエリンの手を引いてしまうので、エリンからしたらそれだけで幸せ過ぎてこれ以上何かをする気が失せてしまうのだ。今日の昼間も航の手の感触や漂ってくる匂いで頭が一杯になってしまい、全てを忘れて身を任せてしまっていた。

大体いつもこうなるのがオチだ。


「皆さん。紅茶です、どうぞ」

「こっちも準備出来たわ。さ、召し上がれ」


中央のテーブルに並べた温かいティーセットに紅茶を注ぐと、白い湯気がたつ。それとともに鼻腔をくすぐる紅茶のいい匂いが部屋に充満した。

隣にはエレノアの用意したビスキュイ。種類が豊富で、目で見て楽しめるようなお菓子だった。


「「わーいわん(わふ)」」

「今度は使い方がおかしいわよ。その語尾案外不便ね」

「でも可愛らしいと思います!ちっちゃくて可愛いお二人にはお似合いです」

「シロ可愛い?」

「えぇ、可愛いですよ」

「クロはー?」

「ふふっ、勿論クロちゃんもとっても可愛いですよ」


お茶を注いでいたエリンの邪魔が出来ないようにフェンリルが二人を手で遮っていた。二人を見ているその目つきはとても柔らかく、慈愛に満ちているようだった。


「エリンちゃんはいい子ねぇ」

「エレノア、今のはおばさんくさい」

「ちょっ!言うに事欠いておばさんくさいは無いでしょう⁈ 」

「エレノアおばさん?」

「エレノアおばさんわふ!」

「分かったわ。私はおばさんだからビスキュイなんてオシャレな物食べません。これは没収です」


ビスキュイ入ったケースの蓋を閉めて寝室に隠そうとするエレノアより先に、三人は寝室へのドア前に回り込み、そして―――


「「「ごめんなさい(わん)(わふ)」」」


完璧に揃った綺麗な土下座を見せた。しっぽはバラバラに振っていたけど……。


「んふー!分かればいいのよ分かれば」

「あはは……ご主人様みたいなことやってる」


目の前の光景に、エリンは心が温まったような気がした。

なんて平和で幸せな時間なんだろう。


ジョシカイ。


次はご主人様も一緒にしたいな……。


「エレノア様、ご主人様もお呼びしてもいいでしょうか?その、えと、私たちがこうして一緒にいるのに、お一人にするのは少し可哀想というか…」

「……フフッ、やっぱりエリンちゃんはいい子ね。航が大切にする理由が私にもよ~く分かるわ」

「う、うぅ……」


褒められた経験が今まで記憶にほとんど無かったのでどう反応すればいいかわからないエリンだった。


「でもダメよ。これは女子会なんだから。それに……」

「?」


そこまで言ってエレノアは紅茶を一口飲んでからまた話した。


「たまには、一人で居たい時だってあるわよ」


深いところまではよく分からなかったけど、以前、男性は女性には理解できない性質を沢山持ってるってクラリスさんが言ってた気がする。


「そう、ですか……エレノア様は経験豊富なんですね」

「え、えぇ⁈ え、えぇそうよ?豊富よ?私はもう、こう、入れ食いなんだから!」

「い、入れ食い!!?」


この時エレノアは自分の言葉に引くどころか更に食いついてくるエリンに恐怖を感じたという。


「そう!なんたって私これでも姫ですから?みんな忘れてるけど……。これでも婚約の申し入れも多いのよ?」

「す、凄い!あっあの私!ずっと知りたかったことがあって!聞いてもいいですか⁈ 」


エリンがかつて見ないほどに目をキラキラさせ前のめりになってエレノアに迫る。


「ひっ。え、えぇもっちろんいいわよ?なにかしら?」


後悔していた。そんな経験をするどころか、航と出会うまで部下の兵士と臣下、そして父親としか男性とは話したことがない。意地など張らなければよかったと心底二〇秒前の自分を引っぱたいてやりたかった。最近こういうことばかり起きている気がするとエレノアは懊悩した。


「あ、あの、女の子同士だから聞けることなんですけど……その、は、初めてってどれくらいぃ……痛いんでしょうか……?」

「え?」

「……え?」


思っていたナナメ上の質問だった。その上エレノアにはエリンがその質問をしてきたことに、エリンが如何に本気で切実かが伝わってきて反応が遅れた。

フェンリルはシロとクロを脇に抱き寄せ聞こえないように耳を抑え、黙って聞いていた。


「あっえっとあの。そうよ!それはもう激痛よ!もう、こう、血が沢山出たわっ!」

「えぇ!そんなに痛いんですか⁈ 」

「そ、そうよ⁈ 痛いの。裂けるかと思ったもの。えぇ。そんな感じよ!」

「あわわわわわ……どうしよう、怖くなってきました…私」


エリンは本気でビビっていた。


そんなに痛いんだぁ……。


「えっあっ、ごめんね怖がらせるつもりはなかったの。あぁえっと―――」

「エレノア、正直に言えばいい。嘘は良くない(ぽりぽり)」


今までずっとチビ達の耳を抑えていたフェンリルだが、気付けばビスキュイを齧っていた。

流石に見兼ねたのだろうか、エレノアに謝るよう進言した。


「……はい、誠にすみませんでした」


エレノアは素直だった。


「はわわわわわ……もしご主人様に失望されたらどうしよう!」

「あ、あの。エリンちゃん?」

「……夜のストレッチ増やさなきゃ……あわわわわわっ。エレノアさん!」

「は、はいィ‼ 」

「これからも色々な事を教えてくれますか⁈ ご主人様の役に立てるよう!」

「あ、あの。う、うん。任せ、て?アハハ、アハハハハハ、ハハはは、はぁ……」


エリンはエレノアの謝罪など全く聞こえてはいなかった。もう頭の中の世界で如何にこのピンチを切り抜けるか、どう準備をするのか。それだけで脳の使用率が満杯になっていたのだ。


「あぁ、やってしまった。私はこれから経験豊富な女を演じなければならないのね…」

「手遅れ。どんまい」

「うぅ……フェンリルぅ……」


縋りつくエレノアをフェンリルはニッコリとした優しい笑みを浮かべて優しく抱きしめてやる。


「次から気を付ければいい。エレノアはやれば出来る子」

「フェンリルぅぅ!!!やさじいぃぃぃ!!!航の百倍やざじいぃぃぃぃ!!!」

「―――をして~ってあれ?エレノア様?どうしたんですか⁈ そんなに泣いてしまって‼ 」


すぐにエレノアに駆け寄ってハンカチで涙を拭いてやった。


「ううぅ、エリ゛ンん、なんでもな゛いいぃーーひぃぃひぃぃひぃぃん」


二人の純粋な優しさが却って余計に傷口に泥を塗り、痛みが増していったエレノアはついには決壊してしまった。


今後、変な意地を張って割を食うような愚かなことはしないようにしよう。

エレノアはそう強く決心した。











 今回の女子会はこれにてお開き。

またいつか、今なお空白の席に新たな花が咲くまで、それまでしばしのお別れです。

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