弐拾 『転生の宝玉』

 コービットと別れたあと、航は自分の部屋に戻った。

丸二日チェックしていないステータスを触るため、ドアの鍵を閉めてベッドに上がる。


『熱心ですね、たまにはしっかり休んでもいいんじゃないですか?』

「何かしてないと落ち着かないだけだ。他にやることもないしな。体力が有り余ってんだよ」


あァ?ベッドが出掛けた時と少し違う……この匂いどこかで……


『気になるんですか?』

「んーいや別に。それほどじゃない」


匂いのことを一旦忘れ、それから航は先日と同じ体勢───ベッドで胡座───をとり、視界のステータスを操作し始めた。


まず驚いたのはレベルだった。


え、めっちゃ上がってる。


視界に映っていた数字は航の予想を遥かに超えるものだった。


32。


「俺こんなになるまで倒した覚え無いんだけど」


二日前の夜に確認した時はまだ15だったはず。たった二十匹のウルフーリルを倒しただけでこうなるか?


『あの犬モドキ達でしょう。畜生とはいえ魔人を三匹、それなりの経験値が入ってもおかしくはありません』

「せめて狼モドキにしてやれよ、犬ですら無くなりつつあるじゃねぇか……それにしてもあれで倒した判定になったのか。まあでも確かに屈服はさせたかもな、ある意味では。えーっと……あん?でもこれ…」


以前に相手のレベルをマップで一々確認しなくて済むよう表示設定を弄ったことがあり、エリンもエレノアもあれから航ほど上がってはいなかったことに気付いた。


「俺とこの世界の人間とでは成長の法則がそもそも違うのか?」

『よく気が付きましたね』

「いや、これは流石にな。猿でも分かる。理解出来なくとも普通は気付く」


成長したレベルの分、いやそれ以上に各種ステータスも上昇していて、単純な数字が約2.5倍程になっていた。


初めはレベルの上がりやすいギフトかなんかの能力かとも思ったが、そもそもギフトの存在があるなら二日目にババアが教えてくれているはずだ。


『一応ギフトのようなものはありますよ。この世界では加護と言います』

「おいなんでそれを早く言わない。そういうのは先に言ってくれっていつも言ってるだろ」

『聞かれませんでしたし、今まで特に支障は無かったので』


そういう問題じゃないんだよなぁ気分的にも。

まぁ、いっか今日くらい。


『あら、珍しく怒らないんですね』

「あ?怒って欲しいのか?いいぞ俺はいつでもいける。俺は最近自分でもよく怒るようになったと自負してるからな。怒りのメーターの上げ方も分かってきたところだ」

『い、いぃいぃ、いいです。結構ですそのままで』


どもりながら止めてくる。人間味出てきたよなこいつも数日で。


「はぁ……まぁコービットとの話が上手くいったのも半分はお前のおかげだしな。お前が出てきただけで、なんであんなにコービットがすんなり手伝ってくれるようになったのかは知らねぇけど」

『さしずめ私が貴方の加護だったというところでしょうか』

「やかましぃわハハッ」


アイテム整理もするか。とは言っても所詮狼どもからしか落ちてないだろうし、あの盗賊達ほど旨みはねぇだろうな。




───新たに更新されたアイテム───


下級ポーション 3

毛皮 18

牙狼の心臓 1

牙狼の鉤爪 1

転生の宝玉 1

空白のスクロール 4




はぇ〜〜知らん物がかなり出てるな。やっぱり盗賊二百と比べると数が少ないけど、よく分からないアイテムまであるな。


『転生の宝玉がありますね。おめでとうございます、これで貴方も人間から別の種族に転生できますよ』

「え、なにそれめっちゃロマン有るんだけど。何になれんの?」

『貴方の望むもの。たとえそれが空想の生き物だとしてもなる事ができますよ』

「……ちなみに性別は?」

『えぇ……やっぱり貴方エレノアの言った通り女体化願望が───』

「違ぇよ!! 気になっただけだ馬鹿!!!」


いや、本当に違うからな?好奇心だ好奇心。


航は脳裏にある光景が思い浮かんだ。

自分がまだ中学に入る前、姉に女物の服で着せ替え人形にされた事を。

そんなこと、ババアには絶対に口が裂けても言えない上、あまり思い出すとババアに記憶を見られそうになるので、すぐさま記憶の彼方に追いやった。それもわざわざ頭を叩いて無理矢理に。


「と、とりあえず保留。こんな下手したら不老不死にもなれるアイテムどいつからドロップしたんだよ……」

『恐らくはあの大きい犬畜生でしょうね。魔人はこの世界でも希少な生き物。それを倒したという判定でそのアイテムが手に入ったのでしょう。貴方は一々殺して解体しなくとも自動的にアイテム欄に放り込まれるのでかなり手に入りやすいと思います。まぁそれでも、もしかしたらこれから先、そのアイテムは一生手に入らないかもしれませんね』

「まるでゲームそのものだな。つかこれそんなレアなのかよ気が引けるわ。売ったら死ぬまで遊べそう」

『安心してください、末代まで遊べますよ』

「ほげぇ〜〜。俺の冒険が気付いたらイージーモードになっちまった」


そんな事を言いつつ航はこのアイテムに頼る気は無かった。自分で使ってみたいとは思っていたが、今の人間の姿に戻れなくなるのは勘弁して欲しいというのが一番大きかった。


「ま、もう一個手に入ったら遊んでみてもいいかもな」

『出ませんよ、そんな簡単に』

「まぁそう言うなよ。どうせ今は使わねぇんだ、夢見て損はしねぇさ」


そう言ってアイテム欄を閉じ、息を吐きながら横になった。

今の航の視界はこの世界に来た時のようなゴチャゴチャした画面ではなくなっていた。設定を変更して今は右下のメニューとどうしても消すことの出来なかった右上の数字だけ。今右上に書いてある数字は806110。この世界に来た時よりも数が増えていた。


「これ、この世界の奴隷の数なんだろうなぁ」

『その通りです』

「全人口を知らないけど、この数字がかなり大きい事だけは分かる。この中に…エリンも含まれてんのか」


別にそれを言ったからといって特に何がある訳でもないが、その事実が何故か胸に引っかかってしまっていた。

現状航はエリンの事を奴隷として見ることが出来ず、兄と妹関係だと思っている。だからか、航にとってこの数字に奴隷としてエリンがカウントされている事がどことなく気分が悪かった。


これは我儘でしかない。今すぐにでもエリンの奴隷紋を消し去る事も考えたが、クラリス───おばちゃん───に少し申し訳ない気がして抵抗があり、それも出来なかった。

勿論いつかはエリンの奴隷紋も消さなければならないが、それは今でなくてもいいという結論が出ている。


『もう暫くはこの街にいるつもりですか?』

「そうだ。コービットが何か成果を出してからこの街を出る」

『因みに何処へ行くかは既に決めていますか?』

「そのうち絶対に行かなきゃ行けない所があるからな。先に行っちまおうと思ってる」

『……なるほど、エルフですか』

「おぉ天才じゃん。よく分かったな」

『いえ、流石に分かります。畜生でもね』

「ハッ!言うじゃねぇか」

『フフフッ』


夜が更けていく。この世界に来てから、珍しく静かな夜だった。

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