拾捌 『エリン』

Elinエリン Sideサイド


 観光もそこそこな時間で切り上げた後―――出掛けたのがそもそも昼過ぎだったためあまり長い時間外に居られなかった―――王宮で食事を済ませ、それぞれは自分の部屋にいた。


そんな中エリンは一人航の部屋へ向かっていた。その手はティ―セットとお湯の入ったポットが乗った台車を押していた。

奴隷である自分が航に尽くすのは当たり前だが、これはそんな受動的な行動ではなかった。少しでも航の傍に居たい気持ちと快適な生活を送ってほしいという気持ちが背中合わせになった行動だった。


ご主人様、今日は少し元気がなかった気がする。帰る頃には元気になってたけど。なんか無理してるっていうか、やっぱり昨日のエレノア様の事が関係してるのかな。


私が傍にいた方がいいのかな。それともそっとしておいた方いいかな?ご主人様はどっちがいいんだろ。

私、全然ご主人様の事知らない……。まだ出会ってちょっとしか経ってないけど、ご主人様はすっごく良くしてくれてるし、私にも何か出来ないかな……。とりあえず、食後のお茶でもお誘いしてみよう。あ、夜だからお酒の方がよかったかも?


あれこれ考えているうちに、朝迎えに来た航の部屋の前についた。

二回軽くノックをして声をかける。


「ご主人様、食後のお茶はいかがですか?」


しかし中から音は無い。しばらく経っても返事がないのでもう一度声をかけてみる。


「ご主人様?いらっしゃいますか?」


寝ちゃったのかな?ちょっとだけ覗いてみようかな。

ドアノブを少しだけ回して開けると中は暗く、ベッドボード横の蝋燭だけが灯っていた。

そして当の航はそこに居なかった。


「あれ、ご主人様?どこ行っちゃったんだろう」


部屋を見まわすと荷物が極端に少ない。洗面台のコップと歯ブラシには使った形跡があったが他に主人が触れた場所はベッドくらいだった。

左右を素早く見て周囲に誰もいない確認したエリンは熱い視線でベッドを見つめ―――


誰もいないし、いいかな?いいよね!どーん!


―――やっちゃえというようにベッドにダイブした。


「アハーー!」


枕に顔をうずめて布団をかぶって、枕に顔をぐりぐり擦り付ける。


「うふっうふふふ!いい匂い…ご主人様の匂い……んふっふふふふふっ」


航はよくエリンの手を引くことがあり、大体いつも距離が近い。そのためエリンはもう航の匂いを覚えてしまった。


「あれ?この穴なんだろう?」


ふとベッドボードに目をやるとそこには航が朝、拳で開けた穴があった。


「なんでこんなところに穴が?これ、殴ったようなかんじだよね…」


やっぱり今朝はご主人様、何かあったのかもしれない。こんなおっきい穴を素手で開けられるなんてご主人様くらいしかいないし……。


こんなこともした上に、見てはいけないものを見てしまった気がしてエリンはちょっとだけ罪悪感を感じた。少しだけ怖くなってしまい、布団から飛び出てそのまま速足で航の部屋から出てドアを閉めた。


どうにかしたいけど、私が関わってもいいのかな……ご主人様に嫌われないかな……。


「うぅ……」


そう思うともうエリンには何一つ出来なくなってしまった。航はエリンに対し、特別に接してくれていることはエリンも分かっていたが、だからこそ踏み込むのには勇気がいた。

エリンは弱かった。弱いことを自覚していた。そして色々情けなくて涙が出そうだった。


そ、それでもやっぱり探しに行った方がいいよね。もしかしたらまた危ない目に合ってるかもしれないし。


そうなった場合航はエリンをかばうように更に前へ出るので、逆効果なのは分かっていたがそれでも探しに行かなければいけない気がした。


えっと、一回食堂に戻って―――


「あれ?エリンちゃん。どうしたの?」

「ひゃっっ‼ 」


唐突に声がかけられる。

部屋から出てきたところを見られてしまったと思ってエリンは心臓が撥ねた。そこに立っていたのはエレノアだった。

正直主人じゃなくてホッとした。勝手に中に入ったこともそうだが、あんなことしたのもあって少し顔を合わせづらかったからだ。


「エレノア様。どうしたんですか?ご主人様に何か?」

「そうよ、航を呼びに来たのよ。フェンリル達が私の部屋で遊んでてね、どうせなら二人も呼ぼうと思って。エリンちゃんも見つかったし丁度良かったわ!」

「あ、あの。ご主人様は今お部屋にいらっしゃらないんです。私もお茶を持って来たんですけど」

「え~どこに行ったのよあの人。あっでもそれならそれで好都合だわ!」

「えっ何がでしょうか?」

「いいからいいからぁ~。お茶も私たちで飲みましょ?冷めちゃもったいないし」


エレノアはエリンの背に回って背中をグイグイ押してくる。台車のタイヤに重さがかけられついついエリンも引っ張られて進んでしまう。


「あ、あの。いったい何をするつもりですか?」

「ん?女子会よ!女子会!」

「じょし、かい?」


エリンはそれが一体なんなのか分からず、首をかしげるだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る