拾漆 『仲間』

あの後すぐに航は城門へ向かっていった。歩みは足早に意気揚々としていたように見えても、実は殆ど空元気だった。

そんな航だったが、仲間達―――エリン、エレノアやフェンリル、そしてチビの二人―――を見かけて少し気が楽になる感覚がした。


「おう、来たぞ」

「改めましておはようございます!ご主人様!」

「起きるの遅すぎ、もう昼過ぎてるわよ?」

「フェン達はいつまでも寝れるから関係ない」

「「ないわん(わふ)」」


めっちゃ元気じゃんこいつら。俺より寝てない筈なのに。


「そういえばチビ共、お前ら名前無いのか?」

「あるよ。フェンがつけた」

「へぇ、なんてつけたんだ?」


航は二人の前にしゃがんで目線を合わせる。


「こっちがシロ。こっちがクロ」

「どっちもグレーじゃん……姉妹なの?名前揃えてるけど」

「「全然?」」

「なんなんだよお前ら!!!?」


フェンリルは自信満々に指を片方ずつ指して言う。

狼の時の毛並みがそのままに髪色に影響していて、二人とも少し黒に近い灰色だった。

瞳の色がどうやら違うようで、瞳が涼しいエメラルドの色なのがシロ、燃えるようなルビーの色をしているのがクロらしい。

その色に対応するように髪にメッシュでそれぞれの色の髪の毛が束で生えている。

二人とも正直ぱっと見区別がつかないが、よく見ると目つきや尻尾の模様が違う。


『この犬共を連れていくつもりなんですか?』


嫌か?馬鹿犬も悪い奴じゃないだろ。


『だって畜生ですよ?獣くさいですよ?犬ですよ?』


またそれぇ?おん前ほんと犬嫌いだな。てかそろそろ狼扱いしてやれよ!


『大して変わらないでしょう』


……まあ昨日のあの感じだと、そうだわな。じゃあ一応聞いてみるか?


「なぁ馬鹿犬、お前ってもしかして実は犬?」

「狼だけど、正直、大して変わらない」

『ほらぁ!』

「狼の魔人がいいのかそれで!!!シロクロは昨日誇り高き狼とか言ってたよなぁ?!」

「フェン様が犬ならシロも犬でいいわん」

「フェン様とお揃いが一番わふ」

「あー、そうっっすか…」


どうすりゃいいんだよ俺は!


『私の言った通りでしょう?』


怒られるぞ愛好家に。この世界にそんなんがいるかは知らんけど。


あと全然関係ないんだけど、語尾のわんってのはまだ理解できるけどわふは違和感がすげぇ。死ぬまで慣れないと思うこれはマジで。


『…私もです』


だよなぁ。


最後の最後、二人はおかしなところで意気投合していた。



「ご主人様?」

「ん?あ?何?」

「あ、いえ!ぼ~っとしていたので。大丈夫ですか?」

「あーわり。寝起きってだけだから気にすんな」

「そうですか…無理しないでくださいね」


エリンは少し辛そうに目を泳がせていたが、最後に苦笑いしてみせた。


心配、かけちゃったか。俺もまだまだだな。


「大丈夫だ。それより今日はどうする。正直一週間も試用期間いらなかったわけだが。とりあえず今日は観光でもするか。まだ俺この街ちゃんと回ってねぇし。エレノア、案内してくれ」

「一応私この国の姫なんですけど?お姫様にガイドさせるなんて、航も偉くなったわね!」

「おうじゃあエレノアは行かないみたいだから俺らだけで行こうぜ」


エリンの手を引いて速足で進み出すとフェンリル達も合わせるように追いかけてくる。


「ああぁん待ってよぉ~‼ 嘘っうそだからぁ!」


取り残されたエレノアが後ろから慌てて追いかけてきた。


ほんっと、からかい甲斐のあるやつ。


『恐らくあの子はあの子で、ずっと貴方に苦労するでしょうね』


何を人聞きの悪い。見てみろよあの顔。


そうやって追いついたエレノアはキラキラとした満面の、これ以上はないってくらいのふにゃっとした笑みを浮かべていた。


『......とても、なんというか、この上なく幸せそうですね。ダイエット明けのスイーツに過剰に喜ぶ女子みたいな』


だろ?なんか、癖になるんだよあいつが笑うの。最初はあんな仏頂面だったからよ。イジメて笑わす度に楽しくなっちゃって。




街は多くの人が行き交っていた。エリンの服を買った場所もここの通りだった。

そうしてしばらく大通りを歩いていると、エリンが主張するように引いている手を揺らしてきた。


「ご主人様?ご主人様は何が好きなんですか?」

「あ?食べ物の話?とにかく味が強いものだな。ただしマズイのは除く」

「味が、強いもの…ですか?」

「なによそれ」

「めっちゃ辛いやつとか、甘くて歯茎が疲れるやつとか、これ以上は無理ってくらい口をすぼめたくなる酸っぱいものとか」

『「「えぇ……」」』


なんだよ、別にいいだろ。

航は基本的に常人と同じ味覚をしているため、あくまでそれらは刺激の有無というだけだった。


「フェンも甘いの好き」

「「じゃあシロ(クロ)もー!」」

「お前ら味わかんのか?」

「「正直よくわっかんねぇわん(わふ)」」

「コイツらっ!!!!」


てか言葉遣いが俺に似てきたかこれもしかして。


『こんな言葉使うのあなたぐらいですしね』


ガキはなんでも吸収するっていうけどこんな早くなくていいだろ...。


ただ別段今の話し方を変える気もないし、変えられないので気にするだけ無駄だ航の中で結論づく。


「あの、出来ればそういうのではなくて。食べたい物とかありますか?」


エリンが困ったような、少しじれったいようにしていたので航も少し真剣に考えだす。

でも食べたい物ねぇ。っていってもなぁ...実家出てから食うものはみんな美味いし本当に特に別に......あっ


「アップルパイ...」


ついふっと口から出たその食べ物は、どこか言ってて口当たりがよかった。


『......』

「アップルパイ!私も好きです!この時期丁度収穫が終わったばかりですし、帰りに材料を買って帰ってもいいですか?」

「作ってくれるのか?」

「はい!」

「お、おぉぉぉぉ!ありがとうエリンっ‼ 」

「私も手伝うわよエリンちゃん」

「フェンも、味見、出来る」

「「できるわん(わふ)!」」

「お前らも手伝えよ......クッククッ、クハハハハハハッ!」


他愛もない楽しさ、仲間と過ごすこの時間に航はたまらず笑いが込み上げてきた。


「ほら行くわよ!!」

「ご主人様!」


二人に手を引かれる。それはまるで昨日とは真逆のようだった。


「自分で歩けるわ!!ちょ、引っ張るな!馬鹿犬も背中に乗るな!噛むな耳を!やめ―――」




航がなぜこの時にその食べ物を思い出したのか。

きっとそれは、心底、心の底しんのそこ、根本、染みついた根源が、航を構成する全てが、それを、それたらしめるものを欲していたからだった。

忘れられない夢のひと時を、またどこかで追っていた皇航の弱さの証明だった。


『良い、仲間達ですね』


鈍重で動かなかった身体は羽のように軽くなり、止まっていた時間が再び歩みだす。

時計は壊れてしまえば修理が出来る。秒針を、長針を、短針を、基盤を、ネジを、電池を。

だが彼の時計は壊れたまま。それでも動き出す。

痛みに蓋をするように、麻薬のような幸福感に包まれて。


それをもたらしてくれる。それが皇航の、皇航にとっての【仲間】だった。

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