拾陸 『皇航の欠片』

 ここは……



「本日をもって、お前の名は宮本航では無く、皇航となる。お前は使用人の使う別館に住め」


あぁ、ここは。



「お前という出来損ないの不良品を、【皇】が使い物になるように教育してやる」


また、いつもと同じだ。



「ごめんね、お父さんは少し...不器用な人なの」


母さんはいつも、見ているだけだった。



「まったくどうして人殺しなんかを……」


別館の使用人達。



「よろしくね、航!!私は―――」


姉さん。



「昔の王様は、大事な仲間とぎきょうだいになったんだよ」


ああ、姉さんだ。



「大丈夫よ!私たちだって姉弟になれるわ!」


僕の姉さん。



「ほら、似合う!航は可愛い顔をしてるから、こういう服が良く似合うわ!」


恥ずかしいよ、姉さん。



「これを、私に?嬉しいわ航!最高の弟を持てて、私は幸せよ!」


大袈裟だよ、姉さん。



「あの人殺しが妾の子と仲がいいらしいわよ」


姉さん……。



「所詮は野良犬の血ということね」


僕の姉さんを、悪く言うな。



「気にしなくていいのよ、私が守ってあげるから!大丈夫よ」


大丈夫だよ。きっと僕も、姉さんを守るから。



「今日から弟の面倒を見ろ」


ある日、俺は一つ下の有という名前の弟の面倒を任された。



「どうした!その程度かっ‼ 」


爺さんの修行は厳しかったなぁ。



「根本的に考え方が駄目じゃ。殺す気でやれ。お前のような未熟者が相手を気遣う余裕なんて無い。殺せ、殺す気で、最後まで徹底的に殺せ」


そこから、俺は強くなれたんだ。



「航が近頃力を付けてきたらしい」


そういえば兄さん達は、俺を認めてくれてたっけな。



「凄いわ航!貴方は私の自慢の弟よ‼ 」


姉さんも、俺の自慢の姉さんだよ。



「兄さんはどうして僕と違う物を食べているの?」


それは俺が人殺しだからだよ、有。



「航~。貴方が大好きなもの、作ったわよ~」


あぁ、甘いリンゴの匂い……。



「コイツに余計な物を食べさせるな。勘違いをするだろう」


そんなことしないよ、父さん。



「お父様!貴方はどうして航ばかり‼ 」


やめて、姉さん。



「航は家族なのよ!? 例え血が繋がっていなくても―――」


やめてくれ、姉さん。いいんだ。



「成人もしていないお前が、無責任に口出しできる事は何も無い」


そうだ。俺はそれでもいいんだから。姉さんの隣に居られればそれでいいんだ。



「父親失格よ!!!貴方!!!!」


ダメだ、姉さん。それ以上は!



「父親に対してなんて口を利くんだ、汚らわしい雑種の分際で‼ 」


あぁ、ダメだ。



「痛っ、貴方っ!親として最低よ‼ 」


例え何度繰り返したとしても、



「ダメ‼ 航!!!! 」


きっと俺は同じ結末を辿る。



「何を…‼ 」


何度繰り返したとしても。



「大じょう…ぶよ?わた……る。あなたは…悪くないわ」


俺はきっと姉さんを



「だい…じょうぶ……わ…たる………だいじょう…ぶ!……ね?」


殺してしまうだろう。










『る…たる!……起きて!航‼ 』

「あ、あああぁぁぁっ!!!!!」


航はベッドから勢いよく飛び上がる。

息がとても荒く全身を汗でびっしょりと濡らしていた。目元が濡れていてそれに気付いた航はそれを腕で拭った。


また、見たのか。俺は。


『大丈夫ですか?随分とうなされていました』


「ハァ、ハァ、大丈夫だ、気にするな」


『発汗が酷いです」


「大丈夫だってば、はァ、うるせぇな」


『脱水を甘く見てはいけません。水分をとって一度安静に―――』

「黙れ!!!!」

『!?』


思わず叫んでしまった。一緒になってつい振り回した右の拳が背後のベッドボードにささり、穴を開けた。それほど心が不安定だったのだろう。航の表情はババアにとって未だかつて無いほど深刻だった。


「悪い……」

『……いえ、気にしないでください』


ババアは無意味に怒鳴ったりするような航ではないことは重々承知していたが、流石にこのような事は初めてだったので扱いに困ってしまった。すぐに謝ったから、少なくとも正気でいることには違いなかった。


「これから朝はほっといてくれ。お前もその方が楽だぞ」

『…大丈夫です。私のやりたいようにやりますから』

「チッ」


航はわざらとらしく舌打ちをした。


わざわざ俺の言葉をそのまま使いやがって。イヤミかよ……。


考えるのも億劫になったのかまたそのまま上半身をベッドに倒した。


こうなると何も考えたくなくなる。身体が鉛のように重い。腰と両肩の三箇所を大きい釘でベッドに固定されているかのように動かない。そして動かしたくもなかった。


しばらく音もなく死んだようにぼーっとしていると部屋のドアがノックされた。


「ご主人様?起きていますか?もうお昼頃です」


エリンか。少なくとも声くらいなら出せるはず。


「起きてるぞ。まだ中に入ってくるなよ?着替え中だ。俺の裸が見たいってんなら話は別だけどな!!」

「あ、すっすみません!エレノア様もフェンリルちゃんも皆さんご主人様をお待ちです!お着替えが済みましたらお城の外に来てください!」

「おう」


ドアの向こうで航の返事が聞こえたのか「ふふっ」と笑ってエリンは遠くへ走り去ってしまったようだ。


『偉いですね、貴方は』

「あ?何言ってんのお前」

『心配、させたくなかったのでしょう?』

「んなダサいところ見せらんないだろ」

『私にはいいんですか?』

「……考えてることがバレるんならどう繕おうが無駄だしな」

『フフフっ』


こいつ、ほんと俺の弱みを握ると嬉しそうにするよな。

きっと悪魔に違いない。


「起きる」

『えぇ、それがいいでしょう』


重たい身体を無理矢理起こしていそいそと支度をする。

早く仲間達と合流して、今の深く沈んだ気持ちを消し去りたかった。

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