拾伍 『航への幾つもの想い』

 その後、いつまでも国王と救世主一行が帰ってこないと騒ぎで王宮から兵団が派遣された。

しかしやってきてみれば後の祭り、傷一つつけられていない国王に何事も無かったかのように平然としている航、そして航の膝に乗って幸せそうに頬をペチペチ叩かれている魔人。止めとどめはもはや誰だかわからないまでにタコ殴りにされたハゲ。


「「「一体何があったんだ?」」」


皆が口をそろえてこう言った。






Elinエリン Sideサイド


航達は馬車に乗っていた。元は傷ついた国王を搬送するためのものだったが、予想以上に皆が無事だったため中に航達も敷き詰められて街へと向かっている。当の事件の功労者はというと―――


「疲れた。俺は寝る」


そういってエリンの膝ですぐに眠ってしまっていた。


「ご主人様は今日、本当に色々と頑張っていました」

「まぁね、事ある毎にありえない事しでかすから、まだ一日目なのにへとへと。着いていくので精一杯よ」

「エリン殿、一つ伺ってもよろしいですかな?」

「あ、はい!なんでしょうか国王様」


やっぱりご主人様はすごいなぁ…国王様にあんなに堂々と出来るなんて。私には絶対無理だなぁ…。


「航殿は一体何者なのですか?長く国王をやっている身、多くの人間を見てきましたが航殿のような方には出会ったことがありません。傍若無人で狷介孤高けんかいここうかと思いきや、こんなにも情に厚く芯も通ってらっしゃっる。人間として、ある種一つの完成体とすらいえるでしょう」

「そう、ですね…。実を言うと私もよくは知らないんです。ここ数日、行動を共にしましたが、ご主人様はあまりご自分の事を話されません。ご兄弟がいることも、先ほど知りましたから」


エリンは自分の膝で安らかに眠っている航が妙に愛おしくなってしまい、つい髪を撫でてしまった。くすぐったそうに身じろぎするのがどこか航のイメージと乖離していて新鮮だった。


ふふっ。ちょっとだけ、かわいいかもっ。


「そうなのですか。誠に不思議な御仁です」

「この人、自分でただの魔法使いだとか言っていたけど、きっと多くの過去を背負っていると思うわ。時折空を見て、誰かと話しているような素振りもあったし。もしかしたら私と同じように...」

「フェンもそう思う。わたる、さっき怒ったとき、ちょっとだけ辛そうだった」


皆様ご主人様をよく見ていらっしゃいます。エレノア様はご主人様が大好きだから分かるけど、まさか出会ったばかりのフェンリルちゃんもだなんて……。


「まったく、いつも何を考えているのかしらね、こんな隙だらけで寝顔見せちゃって」


航のほっぺたをエレノアは指先でつっついて話しかける。


「んんっ!やめろよ姉さん………」


そうすると閉じている目をしかめて嫌そうに身じろいだ。


「へぇ、お姉さんもいたんだ。それはそうか、十九人も兄弟がいるみたいだし。ていうかなんで私には厳しいのよこの人‼ 」

「あはは…ご主人様はエレノア様をとても気に入ってるんだと思います」

「出会ったばかりの人間に、あそこまで感情移入して怒れるくらいですからな。エレノア?いい男に出会えたな」


むぅ。

エリンはムッとして少しほっぺたを膨らましてしまったが、誰もそれに気付いていないようだった。


「ま、待ってください!私と航はそんなんじゃないですよ⁈ 確かに、あんなに怒ってくれたのは嬉しかったけど……毎回私をからかって遊んでイジメてくるんですよ?」

「航殿の信頼の裏返しだろう」

「信頼してるのならもう少し普通に接してほしいわ」

「私は少しだけ、エレノア様が羨ましい……かな?」

「私こそエリンちゃんが羨ましいわよ、航はあなたの事とっても大事にしているみたいだし…」

「「……フフフッ」」


なんともいえない空気になったからか、無意識にお互い顔を見合わせて笑ってしまった。

いいなぁ、こういうの。これが幸せっていうのかな。これも全部ご主人様が私を連れ出してくれたおかげだよね。

私も、ご主人様に幸せになって欲しいな。どうしたらもっと頼ってくれるようになるのかな。


「不思議な魅力がある方だ。容姿、実力、結果。その全てが揃っていながら、粗野な言動や我々の理解の追い付かない事を考える。そんなちぐはぐな航殿を、だからというべきか、なのにというべきか、私を含めてこんなに多くの人が彼に惹かれ、慕ってしまう。皇航殿、其方は一体今までどのような道程を辿ってきたというのだ」


航は答えない。深く眠ってしまっていた。






Eleanorエレノア Sideサイド


結局王宮に到着するまでの二時間足らず、その間航は一度も目を覚ますことはなかった。


「ご主人様?スラマバータの街に着きましたよ」

「ん、んんん。悪い、起きた」

「いえいえ、大丈夫ですか?」

「おう」


へぇ、寝起きは落ち着いてるのね、航って。


「ほら、起きなさい?手、貸してあげるから」

「んー……さんきゅー」


差し出されたエレノアの手を航は意外にも素直に引いた。

え?!!素直!今日一番に素直‼


「どうしたの!調子でも悪いの?!!どこか痛めた⁈ 」

「いや、別に?」


あ、こういうよく分からないところはやっぱり変わらないのね。なんなんだろうこの人本当に。

でもチャンスだわ!こういうときにしか聞けないこととか、聞いちゃお!!


「わ、わわわ航、私のことど、どどどうおもう?」

「……なんて?」


やばい、どもり過ぎた...早く聞かないと航が完全に起きちゃう!


「私の事どう思ってるの?」

「……仲間じゃん」


澄まし顔でボケーってしてるアハハハッ!でもそっか!私の事仲間として認めてくれてるのね!


じゃ、じゃあ次は一番大事なやつを―――


「私のこと、好き?」

「あー?……好きじゃん?好きじゃなかったら仲間やってねぇだろー」

「じゃ、じゃあどれくらい好き?」

「…………あ?何言ってんのお前?」


えっあっ、あれ?


ボケーっと返事していた航だったが、その一言はとてもハッキリしていた。


「もしかして、お、起きた?」

「起きてるだろどうみても」

「……んんんんん!!!!」


私のバカ!何やってるのもう‼ ありえないでしょこんなこと!!!てか何聞こうとしてるのよ私は!!!!ああああ恥ずかしいさっきまで浮かれていた自分を呪ってしまいたい!!!


演劇のようなセリフが頭の中を走り回る。

エレノアは顔が耳まで真っ赤になり、変な汗をかいていた。平常を保とうとつくった表情は引きつっていて、やましいことがある顔だったが、寝起きの航がエレノアの方を見ることは無かったので、ギリギリセーフだろう。


変な事聞いた事バレた時点でセーフじゃないわよ‼


「なんでそんなこと聞いたんだよ?」

「ち、ちち違うのよ!ただ、仲間として、どれくらい好きか!相性っそう!!!あなた言ってたじゃない!私を連れていくかどうか相性が大事って!!」

「ん、あ、おう。まぁ悪くないんじゃね?知らんけど」


え、なに、急に態度冷たい。なんで?


「知らんけどって…もっと他になんかないの?」

「だから悪くないって。そもそも元から俺はお前の事嫌って無いし、あれはエリンがお前と気が合うか見たかっただけだ」

「あ、そうなの?」


なによもぉー!もう少し色のある返事を期待してたのに‼

ほんっと、頭の中エリンちゃんの事ばっかり。


「んで?うまくやっていけそうか?」

「そうね!!あなたとよりはよっぽど!」

「……そっか」


エレノアは憎まれ口とは裏腹に顔は笑っていた。昇りつつある太陽の光はエレノアの笑顔を照らし、航は口角を緩めて自然に笑った。

仲間。二人ともその言葉を色々な意味で、強く意識させられた。






Wataru sideサイド


『航、あの馬車の中で貴方本当に寝ていたのですか?』

「あ?何が?」


エレノアと別れ、充てられた部屋へ戻る廊下。ババアはそんなことを聞いてきた。


『思考が私の方に届いてなかったのですが貴方なら出来兼ねないと思って聞いてみただけです。分かってないのなら別に問題はありません』

「よく分かんないけど……お前、遠慮無く俺を航って呼ぶようになったな」

『あら、いけませんでしたか?』


あぁ意外とそこ開き直るのね。もっと恥ずかしがったりするのかと思っていた。


「……俺に熟女趣味はないぞ…?」

『だから私はババアでも熟女でもないですよ』

「本当かぁ⁈ あんなところで顔隠して占い師やってる女なんて老後の暇を持て余したババアにしか思えねー」

『それ本当にババアじゃないですか⁈ 何度も言っていますが、私はババアじゃ―――はぁ、これじゃ延々ループですね』


そうこう会話をしているうちに部屋についた。カーテンはかかっていたが、朝日に照らされているからかかなり外は明るいように見えた。


あーダーメだ頭回らねぇ。昨日もステータスいじっててあんま眠れてないからもう倒れそうだ。はやく寝たい。

あぁでもそうだ、奴隷の事聞かないと。


「なぁ、奴隷の事なんだけどよ、どんな方法でもいいのか?」

『え?なんの話……え、えぇ、もちろんです。全ての奴隷をその紋章から解放出来れば良いのです。方法は貴方に任せますよ』

「おい、今お前忘れてただろ。正直に言え」

『忘れてなどいません。あなたの勘違いでは?寝起きですしね、まだ寝足りないのでしょう。ほら、さっさと寝てしまいましょう?せっかくの王室ですしね』

「コイツっ!!!」


こいつ前もこんなこと無かったか?やる気あんのかよ。

掘り下げてどうにかイビってやろうと思っていた航だが、眠気が限界が来ていて、思考が途絶えそうになっていた。

丁度前方にあったベッドに力なく倒れ、そのまま横になった。


「ああもうだめだ、寝る。続きはまた明日……おやすみ」

『はい、おやすみなさい。航』


ババアも……最初に比べて柔らかくなったなぁ…………。


『……お疲れ様でした、航』

「…………あぁ、姉さん」

『フフッ、もう寝ぼけてる。私は姉でもありませんよ』


しばらくババアは航を観察し続けていた。

誰もいないその空間で、航の寝顔を一人で。なんともいえない幸福を噛みしめていた。

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