拾参 『フェンリル、壊れる』

「うぉああああああああぁぁぁ!!!!!」


フェンリルは宙にいた。


「「フェンさまぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」

「え?!!」

「一体どうやって?!!」

『いいぞ航~もっとやれー!』

「なんと⁈ 」


ババアがおかしくなってる…。


『ババアじゃないけど今回は許してあげます!』


空高く飛ばされたフェンリルは、十秒近く経っても暫く変わらないスピードで上昇を続けていたが、やがて飛ぶ速度は下がり、今度は落下を始めた。


「いやぁぁぁぁぁぁああああ!!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!!!フェンは飛べないんだぁぁぁあ!!!!!」


二枚目でクールキャラを気取っていた筈のフェンリルはその全てを忘れるほどに無様に泣き喚いていた。


空中で。


ジタバタと。


それはもう見ている方がかわいそうなくらいに。


「いやぁぁぁ怖いのォォォ!!!フェン高いところ苦手なのォォォ!!!!!」


アイツ…ホントはフェンが一人称だったんだな。


「高いところが苦手ねぇ。あいつやっぱ実は本当に犬なんじゃねぇの?」

「さ、流石に狼かと。鋭い爪でしたし。」


フォローをしたエリンだったが言い淀んでいる辺り、本心ではエリンも犬みたいなもんだと思っていそうだな。


さってと、


「おいそこのチビ共。あいつを助けて欲しかったら降参しろ」

「い、いやだわん!」

「絶対いやだわふ!」


二匹は頑なな表情だった。なるほど、それほどフェンリルを慕っているのか、あいつも大概イイヤツなのかもしれないな。

でもまあここは屈服させないと話が進まないし、少し脅してやるか。


「じゃあお前らもその気になるように同じ目に合わせてやるか、大好きなフェン様とお空の散歩に連れて行ってやるぜ」

「「分かりましたわん(わふ)!もう二度と逆らいませんわん(わふ)!!!」」


二匹は揃って土下座をした。一瞬で。


変わり身早過ぎるだろこいつら。一周回って面白いわ。


「喋ってないでたぁぁぁぁすうぅぅぅけぇぇぇぇぇてえぇぇぇぇぇぇ!!!!!おぉぉぉぉねぇぇぇぇがぁぁぁいぃぃぃぃぃ!!!もう地面が近いのぉぉぉぉお!!!!!」

「っさいわボケ‼ ちと待ってろ‼【身体強化】【疾走スプリント】」


航は少し後ろに下がってから【身体強化】と盗賊団を倒して新しく習得したバフをかけた後、助走をつけてフェンリルに向かって飛ぶ。自然落下とはいえ、バランスを失ったままのフェンリルはかなりの速度が出ていた。


「ほれっ大丈夫か?馬鹿犬」

「う、あぁ……」

「なんだ、変な声あげやがって。おらしっかりしろ」


ペチペチと右手で頬を叩いてみる。

高度50メートルあたりで直接両手でキャッチして抱きかかえたまま地面に【身体強化】した身体で膝すら曲げずに着地した。


「軽いなぁこいつも。飯食ってんのか?」

『助けなくてよかったというのに』


いや流石に可哀想だろ。俺も落下死だけは御免だし。

死ぬに死ねないから。あれ。


「あぁ…………」


フェンリルは航に抱えられたまま動かなくなっていた。


「ていうかあなた!さっきのどうやったのよ?!あの投げ飛ばしたやつ!明らかに【身体強化】じゃないわよね、なんの魔法を付与したのよ!」

「あ?ただの武術だぞ。魔力は使ってない」

「なんと⁈ 」

「武術であんなことが…」

「はいはい、また嘘ですか。いいからちゃんと教えてよ」


エリンは武術に感心したようだったがエレノアは一切信じていないようだった。

俺地味にこっちの世界に来てまだ嘘ついたことないんだよなぁ。


「だから武術だって。お前も試してみるか?」

「なんでよイヤよ‼ ねぇほんとのこと教えてよぉ!」

「本当に武術だぞ?あいつのバカみたいな推進力をあいつごと全部空に逃がしただけじゃん、何も凄い事はしてねぇ」


合気道ともとれるし、ヨガの一種ともとれる技で名をナーディーというらしい。名前の由来はそのまま【川】という意味があるんだとか。なんとなーく使ってて言いたいことは分かる。爺さんがどこでこんな技を身に着けたのかは知らん。教えてくれなかった。


『…簡単に言っているようですがかなりの技術が必要ですよね?それ』

「そんなことが……人間に出来るなんて……」

「航殿は本当に規格外だな。この目で見るまで疑っていた面もあったが……航殿は本物の救世主だったのだな」


耄碌ジジイめ。国王とはいえ、後で説教してやる!

つかこの馬鹿犬いつまでボケっとしてんだ。


「おい馬鹿犬!早く降りろ!どうした!どこか悪くしたのか?頭か?それとも痔か?おい!返事しろ‼ 」


また頬を軽くたたいてやろうと右手をかざすと―――






Fenrirフェンリル Sideサイド


「ほれっ大丈夫か?馬鹿犬」

「う、あぁ……」


フェンリルは航に抱えられてようやく体が安定し、目のピントが固定されてほっとした。


か、顔が近い‼


「なんだ、変な声あげやがって。おらしっかりしろ」


ああ、ほっぺたペチペチされてる。

なんかこれ…好きかもぉ…。


「軽いなぁこいつも。飯食ってんのか?」

「あぁ…………」


あれ、ぺちぺち終わっちゃった。


「ていうか―――」


もっとぺちぺちしてくれないかな。待ってたらまたしてくれるかな。


「だから武術だって―――」


んん……ああもう我慢できない‼


「おい馬鹿犬!早く降りろ!どうした、どこか悪くしたのか?頭か?それとも痔か?おい返事しろ!」


「もっと―――











Wataru Sideサイド


「もっとして‼もっと、フェンのことぺちぺちして‼ 気持ちいいやつ!して!!!」

「…はァ?なんだお前……気色のワリィこと言いだしやがって」

「いいからァ!いいから、早くして!もう、我慢できないの‼ 一回で、いいから、ほんの少しで、いいから!強いのを、一発だけ!!!」


全くもって意味不明なんだけど?!!

素直にきんもいんだが?!!!


フェンリルはハァハァと息を荒くしてにじり寄ってくる。


「ちょっと航ぅ、この子に何したのよ~!」

「ご、ご主人さまぁ⁇ これは一体どういう…」

「ハッハッハ。罪な男ですな航殿も」


気付けで頬を叩いてやっただけだろ!!!


「ふっざけるななんだお前ら人を変態みたいに!」

『吊り橋効果も相まって、どうやら目覚めてしまったみたいですね』


意味わかんねぇよ!俺が何したってんだ‼


『…やはり無自覚なのですね。貴方のその癖』


はァ⁇ 何言ってんのお前まで。


「フェン様~大丈夫わん?」

「フェン様~無事わふ?」


チビ共がぱたぱたと尻尾を振りながらフェンリルに近づいてくる。


「お前たちも、ぺちぺちしてほしいのか?ダメだぞ!この人のぺちぺちはフェンの物だぞ!」

「「⁇ 」」

「頭ぶっ壊れてんのかこの馬鹿犬。おい国王、この国に動物病院はあんのか?」

「そういったものは寡聞にして聞いてたことがない。ペットなど今は誰も飼わぬ」

「真面目に答えるなお前も‼ はぁ…」


すり寄って来るフェンリルを足で踏みつけて近づけさせないようにしながら航は言ってて、こう思った。


こいつらのツッコミを一人でするのは無理だ。


「まだこの後があるんだぞ、そうだろ国王」

「……全てお見通しだったか。流石に分かり安すぎたかのう」

「当たり前だ馬鹿者。さっきのエレノアの剣幕見て分かったならもう二度とこういうことはするなよ」

「耳が痛いぞ航殿」

「ご主人様?」

「え、何?どういうこと?」

「ぺちぺち…」


航は後ろ、自分が元来た方向を振り向き、指をさした。


「おらいるこたぁ分かってんだ。さっさと出てこいっ!ハゲ‼ 」


秒もかからずにヤツは出てきた。


「ハゲじゃなィっつってんだろ!!!!?」


ハゲだった。

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