拾弐 『狼の魔人、フェンリル』

 そこは森の中腹。航達は昼間にウルフーリル達と遭遇した近くまで来ていた。


「ね、ねぇ…なんか静かじゃない?」

「森が息を潜めています……きっとこの先に…」

『航。気を付けてください、どうやら私の思った以上に相手は強い力を持っています。たかが狼ですが、ここは慎重に、慎重に行きましょう。いいですか?まずはマップを駆使して密かに近付きましょう。そして貴方の身体強化を使って不意をつき、昼のように一撃で決着を―――』

「おい馬鹿犬!!!どこにいる!!!!出てこい!!!!」

「「『航(ご主人様ぁ)?!!!』」」


他全員が森の先、その気配の濃さを感じり、慎重に進もうとした矢先、この男はまたもや突拍子もない事をした。


「ご、ご主人様ぁ!大声だしちゃダメですよぅ!」

「ほんとあなた何考えて⁈ 相手は私達の、特にあなたの命を狙ってるのよ?!!」

『全くです!大体相手は魔人ですよ?!いくら犬畜生風情だとしても、森の奥まで少人数で誘い込もうとする魔人がこんな分かりやすい挑発に乗る訳が―――』

「初対面で人を馬鹿呼ばわりするなんて、余程早く死にたいようだね、救世主君」


夜闇の奥から声がした。

乗ったな、秒で。


『クッ……このっ……駄犬、風情がぁ…‼ 』


うっわぁ、すっげぇ悔しそう。


それは唐突な来訪だった。夜闇の中、月明かりがその姿を露わにする。

そこにいたのは一人の女だった。

獣のような耳としっぽがついていたが、体毛が濃いなんていうことも無く、白い素肌がフワフワの薄着のあちらこちらから見えていた。ほぼ普通の人間と変わらない姿だった。


「きわどいコスプレかな?」

「もこもこで可愛い…!」

「こす…何だって?何故かは分からないが無性に腹が立つのだけど」


航の一言で緊張感が吹っ飛んでいたが、その女の存在感や感じ取れる魔力は相当なもので、チリチリとヒリつく感覚がエレノアにさらなる警戒をさせた。


「ともかく自己紹介をしよう。僕の名はフェンリル。狼の魔人だ」

「お父様は何処にいるの‼ 」

「安心していいよ、君の父君なら……」


言葉の途中で、三つの足音が近付いて来ていた。

そこには国王、そしてフェンリルに似た幼い少女が二人いた。


「エレノアよ……」

「お父様!!!!」

「あっおい!!」


あんの馬鹿また勝手に一人で!!


父親の姿を見たエレノアは、無我夢中で剣を抜き、少女達に向かって地を駆けた。しかし―――


「悪いけれど、まだ君の父君を返す訳にはいかないんだ」


キィンッと金属同士のぶつかる音をたて、エレノアの剣が少女に届いていないのことに気付く。剣と鍔迫り合いをしていたのは、少女二人の爪だった。


「うそ……【身体強化】したはずなのに…!!」


小柄な少女二人に【身体強化】を施した全力全開の一撃を涼しい表情で受け止められ、エレノアは驚愕していた。


「フェン様に、恩返し。頑張るわん」


わん???


「フェン様の、お手伝い。頑張るわふ」


わふ???


「なんだその語尾は。いよいよ犬じゃん」

「犬じゃないよ、怖い人」

「ほこりたかき?狼だよ、危ない人」

「あん?!!誰が怖くて危なくてかっこいい人だ!!」

「ご、ご主人様…」


どこにツッコミを入れるべきか、エリンが困っていた。

あんまし会話であいつのベースに持っていかれたくないんだよ、悪いけど分かってくれ。


「お前なんか、フェン様がボコボコにしてくれるわん」

「お前なんか、フェン様がポコポコにしてくれるわふ」


わふの方だいぶイッちまってねぇか?


『所詮は野良犬。もう片方も大して変わらないでしょう』


なんでそんな犬を目の敵にしてんの?

お前過去に犬に何されたの……。


『犬は嫌いなだけです。この世に存在する事が許せないだけです』


狼らしいけど一応。


『大して違いはないでしょう』


いよいよだなおい‼


「この子たちは昼間に君達が殺したウルフーリルの生き残り、僕は彼女達に力を与えたんだ」

「まさか!魔人の血を分けたんですか⁈ 」


また知らない単語だ。なんだって?魔人の血?


『魔人は魔人が生み出す存在、言い換えれば魔人にしか魔人は生み出せません。きっとあの駄犬が生き残た二匹に自分の血を与え、自分の眷属としたのでしょう』


それで魔人化ってわけか。それにしても随分とケタ違いに強くなってんじゃん。


『いくら元が弱く薄汚い犬畜生だとしても、魔人です。侮れませんよ』


…マズイな。今のエレノアにそんな魔人を二人は無理だぞ。


「エレノア下がれ!俺がやる」

「させないよ」


航がエレノアの交代しようと前に進むが、いつの間にかフェンリルが目の前まで迫っていた。

それは【身体強化】による肉体へのブーストをかけて成り立つスピードだった。未だ航に向かって飛んでおり、接触するまで時間は必要なかった。


「ご主人様‼ 」

「悪いけど君の相手はこの僕―――」


そう言いながら振るった鉤爪が航へと振るわれた。―――ハズだった。




「邪魔だボケぶち殺すぞ」

「え?―――」




呆気にとられたフェンリル。振りかぶった爪は空を切り、力のコントロールを失った気がした。ただただ不安定な浮遊感だけが彼女を支配していた。



今フェンリルは、地面と垂直方向に、空高く飛び上がって行っていた。


「うぉああああああああぁぁぁ!!!!!」

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