玖 『身体強化』
その後三人は街を出て、森の中腹で魔物退治に明け暮れていた。
「囲まれるなよ!数が多い、少しずつ下がってヤツらの列を伸ばす」
「は、はい‼ 」
「ウルフーリル20匹をこの人数で相手にするのは流石に初めてよ!」
森に入って一時間程、その間俺らは一度も魔物に出会わず、延々と望まぬハイキングをするハメになった。航のやる気が無くなる寸前ギリギリのところで、ようやく魔物を見つけたと思ったら、狼が20匹も集まっているところに出くわしてしまった。
「【
エリンがそういって自分を含めた全員に魔法をかける。
「俺はエレノアとりあえず昨日と同じ手順!フォローは任せろ!エリンは自分に出来そうな事なんでもやってくれ!俺を巻き込んでもいいから心置きなく好きにやれ‼ 」
「えっあっえっ!は、はい‼ 」「分かったわ!」
エレノアが先陣きって前に突っ込んでいくが、流石に魔物相手だからか無茶な吶喊はしなかった。
「えっとえっと、【
「セィッ、ハア!」
エリンの放った魔法は狼たちの動きを緩慢にさせた。
驚いている狼達をそれに便乗して懐に潜り込んだエレノアは、流石に膂力が尋常じゃないだけあって、技術はまだ拙い部分も多いが、スピードも相まって一撃で剣を振り回すだけで狼共は致命傷を負ったり、真っ二つになってしまっていた。
「すげぇなやっぱ、その馬鹿力。さっき暴れてたのは手加減してたのか?」
「違うわっよっ!ンっ!!!魔力で身体強化してるのっ‼ 王宮で本気で暴れるわけないでしょ!」
「そんなことが出来るのか」
「私は魔力総量が少ないからあまり長くは使えないけど、ねっ!!!」
なんだそれ、下手なバフ魔法よりよっぽど役に立つじゃねぇか。
『貴方も試してみたらどうですか?案外簡単に出来てしまうかもしれませんよ』
いい事言うじゃんババアの癖に!
『ですからババアではありません』
「おい!何匹か残しておいてくれ。試したい事が出来た」
「え何今じゃなきゃダメなのそれ?!」
「次の魔物見つけるまでにまた一時間かけたくないんだよ」
「もう‼ ほんっと勝手っ!!!」
文句を言いつつもエレノアは確実に襲い掛かってくる狼たちを捌いて倒していく。
これならしばらくは安心して任せられそうだな。
おい、ババア。なんかコツはないのかコツ。
『ババアではありません』
いいから‼ 早くしないと全部倒されちゃうだろうが!!!
『はぁ、仕方ないですね。強化したい部位に心臓から魔力を送るイメージを持ってください』
中々分かりやすいじゃん。完璧だ。それじゃ早速―――
『とはいっても、一応は
言葉がまだ途中だった半笑いのババアの目に映ったのは、青色の薄い膜を全身に纏った主人公だった。
『うっそぉ』
「エレノア、交代!」
「えっわ、分かったわ‼ 」
後ろに飛ぶエレノアと入れ変わるように航が前に出た。
「ぇ―――」
それは雷と見紛うほどに
『【縮地】……ですか』
身体を地面スレスレまで落とし、勢いとバネと身体強化を前への推進力へと変えた。驚いた狼が反射で飛び掛かったが―――
「―――」
後ろ足が地面から離れるよりも先に、雷と見紛う程の素早い拳を頭蓋に叩き込まれ、身体中の骨や肉が丸ごとバラバラになりながらぶっ飛んでいく。
1、2秒遅れて暴風が辺りを吹き荒らした。
「キャァァァ!!!」
「な、なんなの⁈ これ!」
『魔力を手に入れただけでここまで……』
風は間もなく収まったが、残りの二匹の狼は砕け散った仲間の死に様を見たからか、それとも本能的な危険信号を感じ取ったのか、ビクビクと震えて動かなくなってしまった。
「クゥン、クゥ……」
終いにはプルプルとひれ伏して失禁していた。
「ふゥ、まあこんなもんか。中々どうして使えるじゃねぇか」
「ちょ、ちょっと!何なのよ今の‼ 」
風で髪がボサボサになったエレノアと、念のためにと保険に障壁を展開していたおかげで風を防いでいた髪型の一切崩れていないエリンが慌てて近づいてくる。
「あん?飛んで殴っただけだぞ?」
「そんなわけないでしょう?!!!」
「あ、あのご主人様、もしかして今のは。身体強化、ですか?」
「そうそれ、肉体強化!」
男って生き物は誰しもがイメージしたことあるもんだよ。心の臓から生み出される力を全身で感じて戦うみたいな、そういうやつ。
「身体強化ねだから……ていうか!こんなに簡単に習得できる技術じゃないのよこれ‼ 私なんて丸々2年かかったのよ⁈ 一体どうやったの⁈ 」
「そうなのか?心臓から魔力を送るイメージがコツらしいぞ」
「そんな簡単に……」
「すごいです!ご主人様‼ 」
とはいえ俺はあくまで魔法職を目指しているからな。今度は戦闘であまりこれには頼らないようにしよう。
レベルも少し上がったし、どんどん新しい魔法を覚えてもっと強くなるぜ。
「あなた、いったい何者なの?」
「わ、私も気になっていました。ご主人様って実は!著名な格闘家だったりっ!」
「んぁ?全然?ただの魔法使いだぞ」
「「えっ?」」
「だから、魔法使い」
まぁ今んところは魔法殆ど使ってないしな...無理もないか。
「あ、あのご主人様…流石にそれは……」
「そんなわけないでしょう⁈ ふざけてるの?!!」
「拙者魔法使いだたぬぅ~にんにん」
「ふざけ過ぎィ!!!」
俺は決してウソは言ってない。
『ですが本当の事も言ってないですよね』
……まあ、もう少し時間かけてもいいだろ。俺にだってそれは流石に言う勇気がいる。別世界からやってきましたーなんて、どう考えてもその場で病院に連れていかれるぜ?頭の方のな。
『…それもそうですね。フフッ』
なにをワロてんねん。
『フフフッ、いや、それを知るのは私だけなんだと思って。フフッ』
何を、気持ちの悪い。
『フフフフフッ』
怖。付き合いきれないわ。
「いいから、もう帰るぞ。そろそろ日が暮れる」
「ちゃんと後で答えてもらうからね!」
「あっあっ、あのっ、ウルフーリルがまだ…!」
残った狼達はどうするんだろうと、先に行ってしまった航達と残された狼達をエリンは右へ左へと首を交互に振って迷っていた。
「エリン、何をしてる。置いてくぞ~」
「あっま、待ってー!ご主人さまー‼ 」
● ??? Side ●
「クゥン……クーーゥン…」
「あぁ、可哀想に。仲間を殺されてしまったのか」
その影は優しい目つきで、そして手付きで残った二匹のウルフーリルを撫でる。
「クゥーーーん、クゥンクゥン」
「大丈夫、安心して?私が君たちの仇を討ってあげよう。手伝ってくれるかい?」
「「ウゥ、ワオォォォォーーーーーーーン」」
月夜の下で、三匹の狼はスラマバータの街を見据えていた。
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