陸 『天啓の救世主』

「よう、来たぜ」


マジマジと航を観察していた臣下や兵士の見る目に篭る感情が、一瞬で興味から敵意に変わり、場の空気が凍り付いた。


「ご主人様!相手は王様ですよ‼ 」

「無礼な!!!」

『フフッ、アハハハハハハ!ここまでとは…流石にこの私でも想像出来ませんでした』

「フム……」

「誰かあの者を捕えろ‼ 」


無礼だとかつまみ出せだとかギャーギャーうるさい家臣に比べ、王はただ静かに航を見据えていた。

50歳過ぎくらいだろうか、鋭い瞳で航の値踏みしているようだった。


そして航も兵士達に囲まれ槍を向けられても一切動じずに視線を返した。


「ヒッ⁈ ご、ごーしゅーじーんーさーまー!やめましょうよ‼ ほら跪きましょう⁈ ねぇご主人様ぁ‼ 」

「大丈夫だって、クハハハッ!」


半泣きで怯えるエリンの肩を脇に抱き寄せて自然体に笑っていた。


「何が可笑しい、無礼者‼ 」


女騎士の怒鳴り声が部屋中に響く。よく通る綺麗な声だった。


「キサマ!盗賊団を討伐した功労者とは言え、王の御前だぞ!少しは弁えろ愚か者‼ 」

「フンー」


しかしそんな女騎士の怒声に、航は一切反応せず、軽い笑みを浮かべたまま王だけを見つめていた。


「なんとか言ったらどうなんだ!!!!」

「良い、エレノア=アーレス=フローレス。兵士達も下がりなさい」

「陛下⁉ しかし!!!!」

「良いのだ、愛しい我が娘よ」


本気で怒鳴っていたエレノアという女は、それからも色々言いたげにしていたが大人しく一歩下がる。それを見た兵士達も戸惑いながらも槍を下げて元居た位置に躊躇いながら戻った。

あの女騎士、王様の娘だったのかよ。そりゃあんな堅物になるのも頷ける。


「私はこの国、アーレス王国の王。コービット=アーレス=ハインリヒ。貴殿の名を聞かせてはくれんか」

「航、皇航。こいつはエリン。俺の仲間だ。よろしくな」

「そうか、そうか!それは良かった。皇航よ。私は先日、天啓を受けたのだ」


あ?唐突に何言いだすんだこいつ。


「私だけではない。隣にいる私の娘、エレノアもだ。私達は同じ日に、同じ声を聞いたのだ」


んなもん俺だって毎日変な声聞いてるわ。


『なんですか?何か言いたいことでも?』


ババアを無視してエレノアと呼ばれた女騎士を見ると、軽く頷いて王の言葉を肯定した。


「これより数日のうち、ある男が私達の前に現れる。その者は青い髪、高い背丈、整った容姿、そして誰に対しても自分を造ることのない男。名を皇航、そう言ったのだ」

「それがどうしたんだ?顔を褒められて悪い気はしないが、生憎俺みたいな庶民から王様のような御尊き方に出せる程の物は無いぞ。強いて言うなら、首都土産のアメちゃんくらいか」


上着の内ポケットからおばちゃんに多めに貰ったアメを取り出して見せる。


「バカにしているのか⁈ 」

「お前こそバカにすんなよ美味いんだぞこれ‼ 」

「ハッハッハ!良い良い、娘よ、あまり怒るでない。さて、これからが本題だ。天啓には続きがある。かの者はこの世界に起こるだろう厄災を救う救世主。厄災を退き、必ずや世界の和平を築く一端になると、天はそう示したのだ」


話を聞きながら取り出したアメをエリンに握らせる。


それはまァなんとも。


「…あぁ、そのなんだ。俺が言うのもなんだけど、あんまそういうの簡単に信じない方がいいぞ?詐欺に合いやすいタイプだろ、王様」

「いいや、この天啓は間違いなく本物だ」

「……一応何故そう思うのか理由を聞いても?」

「エレノア、教えて差し上げなさい」

「……はぁ、わかりました」


「ふぅ」と深呼吸をしてから話出す。先ほど怒っていた時の自然体な表情はもう無く、真面目に話すだけにしては必要以上に強張っていた。


「昨日、貴方が発見し、討伐に協力してくれたあの盗賊団は私のお母様……亡き王妃の仇なのです」


そういうと更に表情に陰りが差し、それからは目線が合わなくなり下の方だけを見るようになった。


「王妃が公務で首都からこちらに戻ってくる道中でした。運悪くあの盗賊団と鉢合わせてしまったのです」

「護衛は何をやっていたんだ。木偶ばかりって訳でもないんだろ?」

「勿論です!王妃直属の精鋭達が護衛を務めていました。ですが、人数が多すぎた。こちらは精々200人、対するやつらは少なく見積もっても倍以上の数はいました」

「倍だと?昨日はそこまでの人数は居なかった筈だが?」

「もう、何年も前の話です。今はすっかり人数も減って力も弱まっています………。もしもあの時、私がその場にいれば、王妃は…お母様は攫われることはなかったかもしれません。だから、そういう意味では、貴方には感謝しています」


随分と重い話だな。堅物にも堅物になる理由があったわけか。

倍の数出こられたら精鋭とはいえ王妃だけを狙った襲撃ならもうどうしょうもない。連れていかれた王妃はきっと……いや、その先はやめよう。

でも、そうか。王妃とやらの仇に大きく貢献したのが、外見も名前も天啓通りの男。

ファンタジーなこの世界でここまで状況証拠が揃えば、すんなり救世主と受け入れても可笑しくはないな。

…話を聞く限りだと、もしかしたら。


「もういい。分かった。充分だ。続きは言わなくていい。その話を聞いて、お前に渡したい物がある」


内ポケットに手を入れる振りをして、航はアイテム欄からある物を取り出してエレノアの手をとって掌に乗せる。


「何を⁈ 」

「もしかしたら勘違いかもしれないが、これに見覚えはないか?」

「そ、それは‼ 」


取り出したのは指輪だった。

金色のリングに紅い宝石が嵌められていて、色合いに反してそこまで派手ではなく、身に着ける人次第では絵になる芸術品だった。


「救世主よ、それを一体何処で!」

「昨日のヤツらから手に入れた。その様子だと見覚えがありそうだな」

「これは……これは、私がお母様に最後に送った贈り物です……」

「そうか。じゃあ返す、持ってけ」

「……感謝します……スッ…本当に、感謝します……ウッ…」

「おう、感謝しとけ」


息を殺して静かに涙を流すエレノアに、その場の居づらさを感じたのか航は振り返ってエリンの手を引く。


「あっ」

「ちょっと出直すわ、また来る」


しかし歩き出して数歩もないうちに王が航を呼び止めた。


「少し、待ってはくれないか、救世主殿」

「あん?」

「どうか礼をさせてほしい。盗賊団退治の報奨と合わせて、其方には礼がしたい。いや、例え其方が望まぬともしなければならない」


とは言ってもなぁ。


『何か心配事でも?』


いやな?ここまで大げさになると大抵爵位だの、豪邸だの、勲章だのそんな面倒な物ばかり貢がれて、国の為に働かされるのがオチだ。救世主とか言ってるし。

俺は奴隷を解放しなきゃいけないんだろ?


『……はい、そうです」


あ?なんだその間は。お前今奴隷の事忘れてなかったか?


『……いえ、気のせいです』


コイツっ!!!!


とにかく!一つの場所にいつまでも居座ったり、次から次へとくる仕事に出向くような暇は無いんだよ。


『本音は?』


……この世界を冒険して見て回りたい。


『フフッそうですかっ』


くっそ腹立つわぁこいつ。


「あー、一応聞くけど今日は何を渡すつもりだったんだ?」

「よくぞ聞いてくれた。なぁに、簡単なものだ」


簡単なものか。現金だと嬉しいなぁ。盗賊を倒して手に入った金が殆どエリンの服の代金になったから、もう手持ちが心もとない。もしくは何か高価なものでもいい、売って金にするも良し。使い勝手のいいアイテムならそれも良し。あとは―――


「私の娘を其方との結婚相手にしようと思っている」

「ああ、結婚相手ねはいはい、それなら丁度切らしてて……あァ?」

「お、お父様ァ?!!」

「陛下!このような輩にそれは!いくらなんでも!!!!」

「まぁ?!!」

『プッハハハハ‼ 」

「あァァァァァァァァ??!!!!」


感動的な場面。王はそれを盛大にぶち壊してのけた。

エレノアの涙は勿論引っ込んだ。

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