伍 『いざ、王宮へ』
エリンの朝は早かった。宿備え付けの寝間着から普段着に着替え、髪をクラリスから餞別代りだとこっそり貰ったブラシで整える。
宿の裏手で水浴びの代わりに体を拭いて、その脚そのまま厨房へと向かう。
主人のために暖かいお湯を洗面盆にもらい、主人のいる部屋へと戻った。
「おはよう、エリン」
「おはようございます、ご主人様。起きられたんですね。あっこれ、お湯を頂いてきましたので、よかったら使ってください!」
「おお助かる、丁度汗を洗い流そうと思っていた」
航は上半身の服を脱いで体を拭き始めた。
「あ、あの。ご主人様?」
「あん?どしたー?」
「ゆ、夕べは、私…何か粗相をしなかったでしょうか……実は夕べの記憶が全然なくって…」
あーはーんなるほどねぇ?記憶飛ぶのは流石に良くないし、エリンはこれからはめでたい席以外はお酒は禁止だな。
「何にも?いつも通りのエリンだったぞー」
「ほ、本当ですか?よかったぁ……」
言えない。暴走機関車だったなんて俺にはとても。
拭き終わった体が冷えてしまう前に服と上着を着直し、部屋のドアノブに手を置く。
「今日は朝食をとったら王宮に行くからな、楽しみだなぁ?」
「はい!ですが、奴隷の私が王宮に入っていいのでしょうか…」
「いいんじゃねぇの?特になんも言われてないし。平気平気、文句言われたら助けてやるから」
「あ、ありがとうございます。ご主人様!」
んーーー。嬉しいんだけどご主人様って呼び方はあまり仲間って感じがしないな。なんか他にいい呼び名は……そうだ!
「なぁエリン。試しにお兄様って呼んでくれないか?」
「え、えっ!!な、なんでですか!」
「ご主人様だと、ほら、なんか距離が遠いじゃん?俺妹欲しかったし!まあとりあえずいいから呼んでみてくれよ!ほらほらほらほら!」
両手をぎゅっと胸の前で掴んで困ったような上目遣い。冗談半分でそれを提案した航は、
「お、おにいさま…?」
「エ゛ン゛ン゛ッ゛!!!!!」
心臓を抑えて倒れた。
「お、お兄様⁈ お兄様!!!!」
あぁ、今日はいい日だ。例えこの後どんな酷い目に遭わされても、俺は必ず最高の日だったと言うだろう。
『何をしてるんですか、まったく……』
その後、王宮へ向かう前に二人は服屋に来ていた。
「ご、ご主人様?王宮に向かわれるのでは?」
あぁ、もう呼び方がご主人様に戻ってしまったか。残念だ。
「その服で王宮に行ったら恥をかくぞ。安心して任せろ、俺の服のセンスは悪くない方だ」
「あ、あぁ…」
意気揚々と店に入っていった航に、渋々エリンも着いていく。
「いらっしゃいませ~、今日はどのような物をお探しですか~?」
航は手を挙げて案内は不要だと伝える。
店は女性服だけを取り扱っていて客も少なかった。
ズカズカと店中を歩き回り、しばらくしないうちにいくつかの服を持って入口付近のエリンの方に戻り、服を手渡した。
「これ、試着して来いよ」
「え、ご、ご主人様。こんなに早く?」
「言っただろ、服のセンスは悪くないって。ほら、はやく行ってこいよ」
「は、はい‼ 」
そういってパタパタと試着室に入っていった。航はというと…
「他の服も見繕っておくか」
これを機会にエリンの服を買い溜めようとしていた。
「お、お待たせしました。どうでしょうか、ご主人様?」
それは可憐な桜の花のようだった。
髪の色と同じ桜色のワンピースを下地に、上にボタンが二つしかない白のカーディガン、そして白いケープを上着に採用。靴は革でつくられた丈の長い靴で、太ももまである白いニーソックスを身に着けていた。
決め手はリボン。折れてしまった片角のバランスを補うように、髪型をサイドテールに変えた。紐リボンで結び付けてあった。
「うむ、
『意外ですね、貴方にこのような服装センスがあったなんて』
でっしょ?一時期一つ上の姉のコーデはすべて俺がやってたからな。多少は勉強してある。エリンくらいの歳なら尚更。
「え、えへへへ、ありがとうございます」
「店主!買いだ!これをあと丸々二セットとこのカゴに入ってるもの全部‼ 」
「お買上げありがとうございますぅ~!」
「か、買い過ぎですよぉ!」
『二日目にして早速親馬鹿になってきていますね』
買い物を済ませた二人は、本来の目的である王宮まで来ていた。外壁の門には二人の兵士が立っており、何やらやってきた航を見てコソコソ何かを話をしていた。
なんだ人の顔見るなり。感じワリィな。
『貴方はガラが悪いですから、不審者だと思われているのでは?』
ハハまさか!こんな爽やかイケメン捕まえておいてよく言うぜ。
『…まあ、そこまで自信満々なのは、確かに貴方の長所なんでしょうね』
「ぅお、珍しっ!」
「⁇ どうしましたか?」
やば。素直に褒められるとは思わなかったから声に出ちゃったか。
「あァ、いや、王宮がな。ほら。初めて見たから珍しいなって。つかデカ過ぎだろ」
「そうですね。ここからだとあそこのてっぺんが良く見えないですよ」
「無駄に豪華だなほんと。とりあえず、通してもらうか。おいそこの兵士!入っていいか?」
ヒソヒソと話していた兵士の一人が話を止めてこちらに駆け寄ってくる。
「申し訳ありません。招待状はお持ちですか?」
「いや、ねぇよ?女騎士に呼ばれたんだ、ホラ、あの金髪の」
「金髪の女騎士…そうでしたか。話は伺っています。どうぞ、中へご案内します」
なんだ、普通に対応してくれるんじゃん。てかそれで中入れてくれるのかよ、警備ザルじゃね?大丈夫なのかこんなので。
とりあえずは一抹の不安が取り除かれ、二人は王宮へと入ることが出来た。
だが―――
「めっちゃ見られるじゃん」
王宮内の廊下を歩いているだけで多くの人間に見られた。中には先ほどの兵士のように何かコソコソと話をしている者もいる。
「ほら、あの人………」
「てん………しゅよ」
「予言は……だったんだわ」
なんだなんだ何が起きてる。俺なんか悪いことしたか?それともあの盗賊団、実はすんごい犯罪組織だったのか?
「ご主人様……」
「大丈夫だ。心配するな。余裕だ余裕」
不安そうに袖を掴んでくるエリンを安心させる。
しばらく歩くと、一段と大きい扉の前まで来ることが出来た。
「これより先は玉座の間、陛下がお待ちです。先へお進みください」
「任せろ」
「は、は?」
不思議そうな顔をしている兵士を他所に、扉はすぐ開かれた。
「行くぞエリン」
「は、はい」
エリンは航の裾を掴み、すぐ後ろにくっついて着いてきた。
ビビっちゃったか。ま、しゃーねーわな。おいババア、丁寧にやらなかったら死刑になるか?
『え?は?えまあいや、流石に死刑にはならないと思いますが』
「そうか。んじゃ、適当にやるわ」
「え?」
最奥の玉座に王、そこまでの絨毯のには臣下が多く並んでいた。王自身の脇には昨日の女騎士が立ってこちらを見ている。
航は怯むことなく進み続け、王の御前に立った。
「よう、来たぜ」
「えぇ⁈ 」
『ハァ?!!』
「何?!!!」
「ふむ…」
休日に同級生と待ち合わせした時のような態度。
決して王に傅く事無く、
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